“呪”と“解”
武器を調達したところで早速訓練をはじめた。
街の外にある大きな空き地にやってきた俺達は、ティズさんと俺、アーリアさんとゼロのペアで向かい合った。
「とりあえず、あんたら二人の力を見させてもらうよ」
ちなみに、いつの間にかやってきたヤブ医者は横で楽しそうにこちらを眺めている。
……なんか腹立つ。
「まずは組み手からやってみようか」
「お願いします!」
「…………こちらこそ」
ゼロとアーリアさんが組み手をはじめた。それを横目に、ティズさんに声をかける。
「んじゃ、こっちもやりますか」
向かい合って、構える。
先に攻撃してきたのはティズさんだった。
一瞬で俺の懐に入って蹴りを繰り出す。俺はあのエセ神に授けられた身体能力を最大限に発揮してよける。
「へえ、なかなかやるじゃないか」
「それはどうも」
ティズさんは話しながらも攻撃の手を緩めず、なかなか隙が出来なかった。
(ただの服屋のおかみさんじゃあないとは思ってたけど……ここまで……!)
内心焦りで冷や汗を流しながら、必死に攻撃をよけた。
こちらから反撃しようにも手も足も出ない状態だ。
隣で戦っているはずのゼロのことも気になったが、今は余所見が出来るような状態ではなかった。
回し蹴りをギリギリまで体をかがめてよけ、バネのように跳ね上がる。
すぐさま放たれた鉄拳が耳のすぐ横を通ってヒヤッとした。
そして、十五分ほどの組み手を終えた俺は、終了の合図が出ると共に地面に突っ伏した。
「ぜえ、ぜえ、し、ぬ…………」
「情けないやつだねえ。こんなぐらいでくたばっちまうなんて」
ティズさんに見下ろされているのは屈辱だが、今は体力を使いすぎて息も絶え絶えの状態だ。
突然与えられた身体能力は使い勝手が分からなくて、無駄な動きが多すぎた。そのせいで今はもう指一本動かすことも出来ないようなありさまだ。
復活したあとに復讐することを心に誓い、ごろりと仰向けになった。
「大丈夫ですか、ユウ様?」
「…………」
頭上に、邪魔にならないよう髪紐で髪をくくったゼロが見えた。
のぞきこんでくるゼロに、疲労の色は見られない。なぜなら、アーリアさんが手加減していたから。
女の子に攻撃するなんて出来ないと、それこそ赤子でも止められるのではないかと思うほどの攻撃の遅さに、ティズから目を離してチラ見した時は愕然とした。しかもよそ見したせいでティズさんから鉄拳を食らった。ちくしょう。
俺を心配そうに見ているゼロとは裏腹に、どこかすっきりしたような顔のアーリアさん。
さっき俺の横に来た時、口元を吊り上げて「…………ざまあみろ」と小声でつぶやいたのは幻聴だと思いたい。
「いや~、なかなかいい戦いだったねえ」
パチパチと、やる気のない拍手を送ってくるヤブ医者。
「でも、どうしてもゼロ君の動きがねえ」
それは、俺も思っていたことだった。
ゼロは“白”とはいえ、その性質を術で抑えられているため、実質ただの子供だ。人生経験は普通の子供よりも豊富かもしれないが。
「……やっぱ、封印解くしかないか」
「そうだね。レイ、あんた解けるかい?」
「見てみないことにはどうにも。ゼロ君、封印見せてもらえる」
「あ、はい」
するするとゼロが服の袖を巻くりあげ、両肩をあらわにする。
ヤブ医者はかがみこむようにしてそれをみている。ちなみに、アーリアさんはその様子を噛み付くような目つきで見ている。
……てか、瞳孔が開いてます。めっちゃ怖いです、アーリアさん。
「……ん? これ、“魔語”(スペル)じゃないみたいだねえ」
「“魔語”(スペル)? なんだそれ」
「そのまんまの意味さ。魔法を使うための言葉で、私達の言葉だよ。私達が日常的に使っている言葉に魔力を込めて使うのさ」
「ふーん」
「でも、その“魔語”じゃあないってことは」
「…………古代語の可能性が高い」
アーリアさんがボソッとつぶやいた。つーか古代語?
「そうみたいだねえ。うわー、初めて見た。是非ゼロ君には研究材料になって欲しいなあ」
「待て待て。なにゼロをモルモットにしようとしてんの!!」
「…………ノワール。ちょん切られたくなければ諦めて」
「ええー、いいじゃないか」
その後もヤブ医者がなんかぶつぶつ言っていたが、アーリアさんが黙らせた。
「なあ、ティズさん。古代語って?」
「ああ、この地域にはるか昔に存在した言葉さ。一番魔法を使いやすい言語だといわれているけど、いまじゃあもうほとんど残っていないのさ」
いまだに古代語に魅入っているヤブ医者とアーリアさんを放っておいて、話を進める。
「でも、もうほとんど残ってないって事は……」
「……ああ。レイ、あんたはこれを解けるのかい?」
問いかけられたヤブ医者は、うーんとうなった。
「そうだねえ。研究させてもらえるのなら出来るかもしれないけど、今はなんとも」
「そうか……なあ、俺も見せてくれよ」
ゼロのそばによっていくと、だんだんその文字がよく見え……見え、て……。
「…………はあ?」
ゼロの両肩に刻まれていたのは、なにやら文様に囲まれた文字。
俺がよく知っている、漢字の“呪”と“解”だった。