古の誓約と昔話
とりあえずいったん病室に戻る。
すると、ティズが戻ってきていた。
「あ、ティズさん。どこ行ってたんだ?」
「いや……ちょっとね」
「……?」
歯切れの悪い言い方に少し首を傾げたが、俺はとりあえず“勇者決定戦”の事を説明することにした。
……しかしなあ。
(どうやって説明すればいいものやら……)
1、正直に話す。
『さっきカミサマと会ってぇ、これに出ろって言われましたぁ。優勝しないと金貨を没収されるらしいんですぅ』
……絶対信じないな。
2、黙っている。
(…………じゃあどうやって協力してもらうんだよ!?)
3、逃げる。
何で逃げるコマンドがあるんだ!!
……一体、どうしろと?
と、その時、家の外から大きな声が聞こえてきた。
「大変だ、大変だー! 一週間後に、王様が“勇者決定戦”を開催するらしいぞ! 優勝したやつには金貨一千枚と、“魔王を倒す権利”が与えられるそうだ!」
たぶん、部屋の中にいるみんなにも聞こえただろう。それぐらいの大声だったが、問題はその内容だ。
王様が“勇者決定戦”を開催ってのはまだ分かる。どうせあのエセ神が『神のお告げじゃぞよ~』とかなんとか言ったのだろう。
しかし、“魔王を倒す権利”っていうのは一体なんだ? そんな権利が存在すんのか?
てゆーか、誰も欲しがらないと思うんだが。金貨一千枚のほうがよっぽど魅力的だろうに。
が。
「“魔王を倒す権利”だって!? 本当だろうなそれは!」
「こうしちゃいられない、今すぐ準備をしないと!」
「一体何年ぶりの“勇者決定戦”だ!? ワクワクするぜ!!」
……なんか、みんなが沸き立ちました。
すごいねこれ。そんなに魔王を倒したいの?
でも、部屋の中はいたって冷静。
「ふん、“勇者決定戦”だって? そんなことするなんて、バカだねえあのクソジジイも。自分の軍に自信がないって言ってるようなもんじゃないかい」
ティズが鼻で笑ったクソジジイさんは、たぶんこの国の最高権力者のことだと思う。
……不敬罪でしょっ引かれないのかね?
「“勇者決定戦”かあ。なつかしいなあ。僕が子供の頃が一番最近だったっけ?」
「…………ノワール。そうなるとあなたは三年で子供から大人に成長したことになります」
「あれ、三年前だった? いやあ、このごろ物忘れが激しくてね」
「…………あなたはこの三年で子供から老人にまで成長したらしい」
相変わらず頭に花を咲かせているヤブ医者を、絶対零度のまなざしで突き刺すアーリアさん。
……相変わらず怖い。思わず身震いした。
ゼロはそれを見て、やっぱり目を輝かせていた。
……大丈夫かね、うちの娘っ子は。何でアレを見て目がキラキラするのかさっぱり分からん。
とにもかくにも、これで立派な口実が出来た。
「なあ、ティズさん。“勇者決定戦”って一体何なんだ?」
よし、これで自然に話題を振れたぞ。
「……そういや、あんたは何も知らない田舎者だったね」
……ティズさん、お願いですからその哀れむような視線はやめて。泣きたくなる。
「“勇者決定戦”っていうのは、その名前の通り勇者を決める大会さ。ここ、王都では何年かごとに行なわれているんだよ。上位入賞者には王宮騎士の資格、優勝者には“魔王を倒す権利”が与えられる」
「王宮騎士ってのは、城で働く兵士のことか?」
「それよりももっと位が高い。騎士とつくだけあって、無駄に権力がついてまわってくる。普通の兵士よりも立場が上だから、ほとんどのやつを顎で使える、いってしまえばエリートだね」
「へえ、やけに詳しいな」
俺がそういうと、ティズはぎくっとしたように体を揺らした。
「……知り合いに、そういう職業についている奴がいるだけさ」
……目が泳いでいますよティズさん。
ま、問い詰めるのは今じゃなくてもいい。
「じゃあ、“魔王を倒す権利”って言うのは一体なんだ?」
「そのまんまさ。国中の猛者をかき集めて作った魔王討伐隊の中で唯一、“魔王に止めを刺すことを許されている人間”だよ」
「はあ? なんでそんな権利があるんだよ。さっさといって、倒して来たらいいじゃないか」
「古の誓約でね。簡単に言うと、魔王を人間達が刈りすぎると、世界がおかしくなっちまうのさ」
……どういうことだ?
「単純なことだよ。あたしたち人間は、魔王を倒したものたちを褒め称える。災厄を祓ってくれてありがとうってね。だから、自分も褒め称えられたい、って思う馬鹿どもが昔はあふれかえったんだ。血気盛んな者達が、我先にと魔王に攻撃を仕掛けまくったのさ」
「でも、魔王って言うくらいなんだから強いんだろ?」
「もちろん魔王は強いけど、人間も弱くはないし、なにより数が多い。持久戦に持ち込まれて、魔王たちはだんだんと勢いをなくし始めた。それでも人間はやめる気配を見せず、攻撃を続けた。もはや、虐殺といってもいいほどにね」
きっと、その人間達は“正義”のため、“平和”のために戦ったつもりなんだろうけど、そうなってしまえばもう意味はない。魔王が人間を虐殺するのと大して変わらない行為になってしまった。
(……馬鹿だな)
流されまいとあらがっても、もう遅い。
「人間達は狩りつづけた。そしてついに、魔王が最後の一匹になったとき、――――世界が狂った」
太陽が昇らない。星も月もない、完全なる暗黒の世界。黒以外の色が存在しない。いや、色さえも無くなってしまったのかも知れない。人々は恐怖した。
一ヵ月後、太陽が昇った。月も星も昇った。しずまなかった。世界は眩いばかりの白に覆われ、影も闇も消えうせた。人々は神に許しを求めた。
二ヵ月後、空が消えた。海が消えた。大地が消えた。ただひとつ、どこかで輝く太陽に焼かれながら、人間は限りのない“虚無”に放り出され、どこまでも堕ち続けた。人々は泣き叫んだ。
三ヵ月後、元の数の千分の一にも満たない人間達が残った。世界は元に戻ったが、神は人間を許すことはなかった。
食べ物がない。水もない。他の生き物がない。動物も植物もない。土や岩を食べて暮らした。
大地は人間を拒み続けた。住むところがない。生きる場所がない。死に場さえも、ない。
世界が狂って一年後、神はほんの一握りの人間だけを許した。彼らは新しい土地で生活し始め、仲間を増やし、村を作り、街を作り、国を作った。
――――――それが、この国。
「その時、残された人間達は神と誓約を交わした。“魔王を殺さないこと”を。また、神はひとつ条件を付け加えた。“神からのお告げがあったときは、一人だけに、魔王を殺す権利を与えよう――”と」
それが“勇者”と、“勇者決定戦”の始まり。
「まあ、結局はその誓約もほとんど知られていないんだけどね。ただそのかわりに、魔王は馬鹿みたいに強くて、小指を振るだけで世界を握りつぶせるって言う言い伝えがあるけどね」
「……へーえ」
あっという間に話に引き込まれてしまった。ふと横を見ると、ゼロも同じような顔をしている。
「で、出るのかい?」
「え?」
「とぼけんじゃないよ。あんた、さっきから出たそうな顔してる」
思わず顔を触ってしまった。そんなに顔に出ていただろうか。
「……かなわないな。まあ実際、出てみたい気持ちはあるよ」
それに、金貨没収なんて冗談じゃない。
……あのエセ神、今度会ったらアッパー決定だな。
「わ、私も出てみたいです!」
ゼロも行きよいよく名乗りを上げた。
「んじゃ、明日っから訓練するとしようか」
「へえ、君たち出場するの?いいなあ、僕も出ようかなあ。そこなら、いい研究材料が手に入りそうだしね」
「…………あなたが出たら一面血の海になります」
二人のやり取りを聞きながら、俺は決意を固めた。
「――――よし!んじゃ、やるか!」
「はい!」
……話が進まないねえ(ハア
……がんばります。