勇者決定戦
「で、なんでユウ様は倒れたんですか? 怪我もしてないというのに……」
「……ゼロ。ちゃんと説明してやるから、触るな」
ベッドの上にいる俺の体をぺたぺたと触りまくる白い子供。……この年でセクハラか?
「おい、いい加減にしねえとデコピンするぞ」
「でこぴん? なんですかそれ」
「身をもって味わえ。ていっ」
「いたっ!?」
地味に力を込めてデコピンをかますと、ゼロは慌てて後ろに下がった。額をさすっている様子を見てちょっと笑っていると、ゼロをかばうようにしてやけに青白い女性が前に出てきた。
「…………女の子に暴力を振るうなんて。クロキ君、ちょん切りますよ?」
「……アーリアさん、あなたの理論でいくと、男の子には暴力を振るってもいい事になるんですけど。つーかちょん切るって何を?首ですか?」
「…………男の子はいいんです。総じて気持ち悪いから」
「まるで男が害虫みたいな言い方!」
男女差別ですか。男子にだって気持ち悪くない奴はいるわ! それに俺は気持ち悪くない!!
そう叫ぼうとしたけど、やめた。
……アーリアさんがなぜかメスを構えているから。てか怖ッ! 無表情なのがめちゃくちゃ怖い。
生命の危機を逃れるために、ゼロの質問に答える。
「俺が倒れたのは、発作のせい。俺は病気にかかってんの。つーか呪い?」
でも、治療法も(たぶん)あるし、(おそらく)今死ぬわけじゃないから大丈夫。
……かっこのなかがめっちゃ不安だけど。
そう説明しようとした時、ゼロが俺にタックルをかましてきた。
「ぐぼぁあ!?」
「病気!? 病気なんですかユウ様!! もしかしなくても不治の病で余命はあと一週間ですか!? そうですかそうなんですか分かりました! 私、今すぐ教会に行って神を呼び出す儀式を――――」
「ちょっとまてい」
ひとしきりわめいた後に急に外へ飛び出そうとするゼロを、肩に手をかけて止めた。
――そしてすぐに手を引っ込めた。
次の瞬間、俺の手があった場所を鋭いメスが何本も通り過ぎた。
俺は冷や汗を流しながらアーリアを見る。
「…………いい度胸ですね、クロキ君。いったそばから女の子に暴力を振るうだなんて」
「肩に触っただけですけど!? どこからどう見たら暴力を振るったように見えるんですか!?」
「…………触るだけでも許せません。ヘンタイ」
「誰がヘンタイだコノヤロー!」
ダメだ。この人もあのヤブ医者と同じ思考回路の持ち主だ。
「…………女の子はいいけど、男の子はダメです」
「男女差別か! 本当に男は害虫だと思ってるみたいですね!?」
「…………だって、そうですし」
「認めやがった!?」
とりあえずアーリアさんにメスをしまってもらってから、ゼロにさっきの事の説明をした。
ゼロはしばらくじっと聞いていた後、俺の目をまっすぐに見つめて聞いた。
「……死にませんよね?」
小さな不安。それをあらわすかのような体の震えに苦笑しながら、俺ははっきりと言った。
「ああ。死なないよ。約束してやる」
笑ってそういうと、ゼロは安心したように顔を緩ませた。
「あらら、もう元気そうだね~」
その時、どこからともなくヤブ医者が現れた。ティズはどこへ行ったのか。
「アーリア、奥の部屋から薬を取ってきてくれないかい? 鎮痛剤と頭痛薬と毒薬が欲しいんだけど」
……おい、ヤブ医者。鎮痛剤と頭痛薬と毒薬を一体何に使うつもりだ?
しかし、その疑問は解決することなく消えた。
「…………気安く触れないで下さいノワール。きれいなお花畑を見ることになりますよ」
「お花畑かい? いいねえ、今度一緒に花を摘みに行こうか」
「…………片道切符であなただけ送って差し上げますよ」
そういうとアーリアは目にも留まらぬ速さでメスを投げた。が、ヤブ医者は余裕で避ける。
……アーリアさん怖え。ちょー怖え。
そんな事を思っていると、突然、ズボンのポケットの中で何かが震えた。
(……ん? なんだ?)
いまだに言い争っている(?)二人と、それに見とれているゼロにばれないように、そっとポケットに手を突っ込んだ。
そして引っ張り出たのは、あのエセ神からもらった例の紙だった。
丸めてポケットに突っ込んでおいたのを、今の今まで忘れていた。
慌ててぐしゃぐしゃになった紙を広げると、紙面には“着信中”の文字が。
……ケータイですか?
とりあえず、ばれないように部屋を抜け出して、廊下でその紙をつついてみた。
『ハロー、ユウ。久しぶりだね』
「でたなエセ神……」
ブウン、と音を立てて半透明の生首が姿を現した。
相変わらず中途半端な姿だ。
「何が久しぶりだ、まだ一日しかたってねえよ」
『そうだった? やっぱり人と神との時間の感じ方は違うんだよ、うん』
「テキトーだな」
『いいんだよ。それよりも!!』
神がくわっ!! とこっちに身を乗り出してきた。
首だけで。
……微妙な迫力だな。
『君、王族に会えっていったのに何も努力をしてないでしょ!』
「いや、まだこっち来て二日目――」
『だ・か・ら! 私があるイベントを用意してあげました!』
「話を聞け」
エセ神はちょっと下を向いてごそごそした後、えいっ! とこっちに何か紙のようなものを突き出してきた。
「なんだこれ……“勇者決定戦”?」
『そーです!』
エセ神はニッコリ笑って言った。
『一週間後にこれがあるから、出場して王族と接触するんだ!』
「いいけど……俺弱いし、痛いの嫌だし」
だいたい、こっちに引っ張ってきたときに『身体能力最強・魔力最大』とか言ってたくせに。
まあ、確かに身体能力は上がっていたけど、そんな大会に出て勝てるほどのものではないと思う。
『そー言うと思った。はいこれ!』
エセ神が笑顔で差し出してきたのは、なんだか分厚い本だった。
「なんだよこれ」
『魔術書だよ。君専用の。ちゃんと日本語で創ったんだからね』
なぜか偉そうにするエセ神を見て殺意が沸いた。
『これを見れば、たいていの事は分かるはずだし、後はあの二人に聞いてね』
「あの二人?」
『レイ君とティズ君だよ。あの二人は、君が思ってる以上に強いから』
「ふーん。てか、絶対それに出なきゃいけねえの? 俺に拒否権は」
『ないよ』
「即答かよ!?」
俺ははあ、とため息をついた。
「……いいよ、出りゃあいいんだろ出りゃあ」
『お、君にしては思い切りがいいね』
「どうせやることもないしな。目標はないよりもあったほうがいい」
そういうと、エセ神は満足そうに目を細めた。
『……うん、そうだね。んじゃ、がんばって優勝してね』
「は? 優勝?」
あ、そうそう、とエセ神は消える前にこう言った。
『優勝しなかったら金貨全部没収するからね』
「……はあああああああ!!?」
静かな廊下に、俺の叫びが響き渡った。