第七話:お見合い強化月間
出勤前の朝、アイリスは自宅玄関のポストから小包を取り出した。
送り主は実家の母だ。中身を確認してみる。
•お見合い写真(ぎこちなく引きつった笑顔の男性)
「うわぁ~……」
包みなおして、玄関の靴箱の上にそっと置くと、アイリスは気持ちを新たに出勤した。
第一騎士団の廊下をモップで拭きながら、アイリスは窓から差し込む光をぼんやり眺める。
(朝から微妙な物を見てしまったなぁ。お見合い……。まだ早いって)
「ちょっ! アイリスさん! 聞いてくださいよ!!」
ルーカスが爆音ボイスで玄関から駆け込んできた。26歳、彼もまだ独身だ。興奮して走ってきたせいか、髪がぐちゃぐちゃだ。手には小型の魔法通信水晶を光らせている。
「昨日、仕事中に斡旋所を名乗る人から連絡が来たんすよ! 『登録ありがとうございます~♪』って。絶対、詐欺じゃないっすか!!」
「えっ! ルーカスさん。落ち着いて下さい。こういった場合、まずは事実確認から――」
「でも、これ! 詐欺じゃなかったんすよ!!」
「は?」
アイリスの表情が険しくなる。
「同居のかーちゃんが勝手に結婚斡旋所に登録してたんすよ! しかも、入会金まで払って!!」
(……母親の行動力、規格外……)
アイリスの頭の中で、置いてきたお見合い写真と、ルーカスの”勝手に登録事件”が正面衝突した。くらり、と軽く眩暈がする。
(お見合いの圧力が2倍速で迫ってくる……)
近くにいたベテラン団員がぼそりとつぶやく。
「……まぁ、ルーカス。おめぇ26だべ? 親がソワソワすんのも分かるっちゃ分かる」
「え!? 俺、まだ若手ですよ!? 恋人いなくても不自然じゃないっす!!」
「いやぁ、でもよ。26年間ゼロ――」
「それ以上は、言ったらダメっす!!」
アイリスにもグサッと刺さる。
(……なんで朝から恋愛ダメージくらってんの私)
そこに、低く落ち着いた声が響く。
「おはようございます。書類の受け渡しに参りました」
振り返ると、ノエル副団長がいた。青みがかった銀髪、青地に銀の刺繍の入った清涼感のあるマント。今朝も、彼の周囲だけ空気が澄んでいるように見える。ちなみに彼は既婚者だ。既婚者らしい落ち着きが漂っている。
「……なるほど。ご家庭の事情でお見合いを」
副団長は淡々と、しかし的確に一言。
「あなたは“淑女としての立ち振る舞い”を求められるタイプではありません。無理に寄せる必要はありませんよ」
「いえ私ではなく……え?『無理に』『寄せる』?」
「大丈夫っすアイリスさん! 雰囲気っすよ! お見合いなんて!」
「雰囲気で結婚しませんて」
「アイリスちゃんは焦る必要ねぇべ。力まず、普通にいけ」
「いえ、私は登録してませんよ!?」
その日の昼休み。アイリスは机に向かい、次の内容をまとめる。
・現状分析
・本人の適性評価
・職務上の繁忙期の説明
・無理に急ぐことのリスク
文体は“魔獣討伐報告書”をイメージ。冷静かつ論理的に両親へ報告書を作成し、お断りの手紙として送った。




