第六話:落ち着けば良いのに......どうしてこうなるのか
第一騎士団の朝は、だいたい静かに始まらない。
今朝も例にもれず、廊下の向こうから「うおっ!?」という大声と、何か重い物が落ちた音が響いた。
「おいルーカス!! だから言っただろ、その箱に触るなって!!」
「触ってないっすよ!! 勝手に倒れたんです!!」
扉の向こうが、今日も全力で騒がしい。
(もう何かしら散らかっている流れ……)
アイリスはモップを持ったまま、そっと扉の隙間から大部屋を覗き込む。
(うわぁ……)
床一面に散乱した書類。
転がった訓練用の盾が数枚。
なぜか半分剥がれた壁の地図。
そして部屋の中央では、巨大な木箱が横倒しになっている。
おそらく犯人は──
「おぉいぃ〜ルーカス〜! お前の“前ならえ”みたいな派手な腕の動きのせいで、中身が全部飛んだだろ」
「だから、してねぇって!!」
「お前もよー、26歳だろ?もう少ぅし落ち着い――」
「俺はいつも落ち着いてる!!」
「落ち着いてるやつは、そんな声出さねぇよ」
(え。ルーカスさんてそんなに年上だったのか)
ちなみにアイリスは19歳だ。本来なら、王立学園の高等部を卒業し、今ごろはアカデミアへ進学している予定だった。だが、即位した新王が「学問分野の補助金は打ち切り!!」と急な宣言をしたため、アイリスの進学どころか、弟の高等部への進級すら危うくなった。
(高等部までは卒業してないと大変だからね〜。まぁ、私が働くさ)
ところで、今回の被害の中で一番やっかいな物は、どうやら箱の中身だ。剣磨き用のオイル。倒れた拍子に瓶の蓋が開いてしまったのか、床ではオイルがゆらゆらと光を反射している。
(うわ、ひどい……。廊下まで……。みんな騒ぐのに一生懸命で、誰も気づいてない……)
「おい誰だよ! 書類ベタベタにしたやつ!」
「それルーカスがさっき足ぶつけた時に――」
「え~! 俺じゃねぇよ!!!」
アイリスはモップを握りながら床を見る。オイルは広範囲に広がり、すでに何人かが踏んだ跡もある。このままだと誰かが盛大に滑る。ほぼ確実にゴードン団長あたりが。
(落ち着けば……。ほんの少し落ち着いて皆さんで状況を確認すれば、これ以上悪化せずに片付くのになぁ……)
そう心の中でつぶやいた時だった。
廊下の方からバタバタとイヤな足音が近づいて――
「お、おいアイリスぅぅぅぅ!? なんか! 今日の床掃除、やたら気合い入ってんな? ツヤツヤですべり過ぎるぞ!?」
予想通り、ゴードン団長が廊下から滑り込んできた。物理的に。
「おはようございます団長。それ、油です」
バランスを崩した団長は、床に手をつきながら驚愕している。
「油だと……!? 俺にそのような罠を……つまり……この床……敵か!?」
「団長、床は敵じゃありません。むしろ被害者です」
「床が被害者!? だれの!?」
「第一騎士団の皆様の被害者です」
アイリスとゴードン団長の会話の横で、ルーカスと団員たちの口喧嘩は続いている。
「だから! お前らが横から変なこと言うから俺が転けそうになって!」
「は? ルーカスの足元が散らかってただけだろ」
「うわっ! 団長いたんですか? おはようございます!」
「いつもよりツヤツヤしてますね!」
「え? 輝いている? ふふ、そうか。さすが俺。」
会話まで散らかってきた。
(あぁ……もう……落ち着けばいいのに。どうして毎日こうなのか)
アイリスは黙々とオイルを拭き、騎士たちは延々と騒ぎ続ける。静かな朝は、今日も訪れそうになかった。




