第五話:ノエル副団長、空気を浄化させる
「……え。これ、本当に……私、行くの……?」
雑巾を握ったまま固まるアイリス。背中のあたりがスッと冷えて、変な汗がじわりと滲む。
「失礼します」
そこへ、静かでよく通る声が響いた。
大部屋の入り口を振り返ると、まっすぐに立つ男性騎士の姿があった。淡い青みを帯びた銀髪がさらりと揺れ、鎧は余計な装飾こそないが、見ればわかる手入れの良さ。動きも静かで、ひとつひとつの所作に無駄がない。
(あっ……まともな世界の人っぽい……!!)
「今回の合同調査について、打合わせ日程の相談に参りました。……ところで、ゴードン第一騎士団長」
目線がゴードン、ルーカス、アイリスへと移る。
「今の話、聞こえてしまったのですが。なぜ掃除係の彼女が調査メンバーに含まれているのですか?」
(まともな人が居たぁぁぁぁぁ!!!)
ゴードンは、ちょっと気まずそうに鼻をこすりながら、
「ん? いやぁ~、こう……柔軟に? 対応しようかな~って思ってだな……」
「指示書に書いてあります。『調査隊は熟練者を中心に編成すること』と。それに今回は、第一騎士団と我々第二騎士団の合同調査です」
「んん?」
「……まさか、読んでいなかったのですか?」
「いやいや! 今ちょうど読んでいたところでだな!!」
「ノエル副団長! 大丈夫っすよ!! 今回のは超かんた――」
「大丈夫ではありません。簡単でもありません」
ルーカスの言葉を静かに切り捨てて、ノエルは淡々と続ける。
「掃除係の彼女は、今回の調査から外れていただきます。安全上の問題がありますので」
(助かった……!!)
安堵のあまりアイリスの膝がガクッと揺れたが、必死に踏みとどまる。
「新しい編成表はこちらで作成します。ルーカスさんには熟練者を数名同行させます。アイリスさん、あなたは通常業務に戻ってください。よろしいですね?」
「は、はいっ! 本当に……ありがとうございます……!」
ノエルは軽く頷き、すぐさま書類を広げる。その仕草すらスムーズで、空気が急に整っていくのを感じる。
「では、ゴードン第一騎士団長。打合わせの日程調整に入りましょう」
「ん? あ、あぁ……うん?」
まだ状況を把握していない団長を、ノエルは表情ひとつ変えず誘導する。
(うわ……この手際の良さ、眩しい……。“まともな世界の空気”って……肺にしみる……)
胸を撫で下ろしながら、アイリスはぽそっと呟く。
「生きて帰れないかと思った……」
その呟きを、ノエルは聞いたような聞かないような横顔で受け流しつつ、団長と静かに打ち合わせを進めていた。背中だけで、安心できる実力者だと分かる。そんな立ち姿だった。
こうしてルーカス率いる混沌調査隊は即時解散し、ノエル副団長が所属する第二騎士団、つまりまともな方々による安全で平穏な仕切り直しが決定した。




