第二十話:英雄ではない話
王都中央広場は、もはや何が起きているのか分からない状態だった。
市場の露店は半分が閉じ、その隙間を縫うように、騎士団、官僚、聖堂騎士団、冒険者、商人が行き交っている。
「だから! この決裁が通らないと物資が動かないんです!」
「学園から、余裕がないと断られた! 故障した魔道具の保管場所はどうしたらいい!」
「順番を守れ! ここは王都だぞ!」
「今こそ我ら聖堂騎士団が正義を示す時! 神よ!!」
「ちょ、待て! 勝手に祈り始めるな!」
書類が舞い、魔道具が火花を散らし、商人が叫び、聖堂騎士団が声高らかに祈り始める。
誰かが、投げやりに言った。
「もう誰か、決めてくれ!」
視線が、一斉に集まった。
ホウキを手にしたまま、混乱のど真ん中に立っていたアイリスに。
「……え?」
本人だけが、状況を飲み込めていない。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私は――」
その前に、聖堂騎士団の代表が一歩踏み出した。
無駄に神々しい。
「おお……! 新王に虐げられながらも、なお輝くその姿! 貴女こそ希望! 神よ、この出会いに感謝を!!」
「えっ? いえ、私は、事態が落ち着いたら王立アカデミアに進学するつもりで――」
「やめろォォォ!! ウチの掃除係だぞ!!」
ゴードン団長の叫びが、広場に反響する。
「団長、落ち着いて!」
「でも姉御がいなくなったら現場が……!」
「実質団長が……!」
混乱は、完全に限界を突破した。
その中心で。アイリスは、ホウキを地面に突き立てた。
――ゴンッ。
「……全員」
深く息を吸い込む。
「落ち着けーーー!!」
一瞬、音が消えた。
「全員、まとめて! 今すぐに!!!」
声が、通った。
魔力がどうとか、理屈がどうとかではない。
ただ、その場にいる全員の身体が、反射的に止まった。
第一騎士団は正座した。
ゴードン団長は涙目で「はい……」と言った。
聖堂騎士団は祈るのをやめた。
商人も官僚も、口を閉じた。
理由は分からない。でも、動いてはいけない気がした。
◇
「では、整理します」
アイリスは、いつもの調子で言った。
「市場の件は、商人ギルドと官僚で書類確認」
「魔道具は第二騎士団に一時管理を依頼」
「聖堂騎士団は補助に回ってください」
「第一は……そこ、動かないでください」
「「「はい!!」」」
全員が従った。
世界が、何事もなかったかのように回り始める。
◇
やがて夕暮れ。
広場はいつもの騒がしさに戻りつつあった。
「……終わった?」
「終わりましたね……」
「帰ろ……」
帰り支度をしていた冒険者協会支部長が、思い出したように言う。
「ああ、そうそう」
この場に似合わない軽さで。
「北の森の大型魔獣だけどさ。巣の位置はだいたい分かったよ」
誰かが「今それ?」という顔をしたが、支部長は気にしない。
「寒がりで動くのが嫌いらしくてね。霧を出して、引きこもってるだけだ。周囲が冷えすぎて、モグニャンが逃げてきたのは災難だったけど」
誰かが、ぽつりと聞く。
「……討伐は?」
支部長は肩をすくめる。
「魔獣より、今はこっちの方がやっかいだからね」
支部長は、王都を見渡して笑った。
「お姉様ぁぁ!!」
「姉御ぉぉ!!」
「掃除係最強ーー!!」
「だからやめてください!!」
叫び声と共に、王都はまた、いつもの騒がしさを取り戻していく。
英雄ではない。
討伐もしない。
ただ今日も、落ち着かない人間たちをまとめて、すぐに現実へ戻した掃除係がいた。それだけの話だ。
(完)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
英雄ではないけれど、誰かの混乱を片付け、現場を整え、今日という1日を無事に終わらせるために動いた人の物語です。
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