第十九話:王都は朝から終わっている
どんよりとした曇り空の下。
王都は、朝から終わっていた。
「市場が揉めてます!」
「書類が詰まってます!」
「商人ギルドと官僚が言い争ってます!」
「聖堂騎士団が『今こそ権限を』とか言い出しました!」
第一騎士団の大部屋は戦場だった。
報告が飛び、紙が舞い、机の上は完全に崩壊している。
ひたすらメモを取っていたルーカスが、ふっとペンを置いた。
「……今、何番目の案件でしたっけ?」
「あ、そういえば。第一の副団長から、北の森の追加報告も来てます」
ルーカスとゴードン団長が、同時に叫ぶ。
「後で!」
「後でだ!!」
◇
山となった机の書類、床の書類、椅子の上の書類。
補助金打ち切りの余波で、各所が同時多発的に炎上していた。
「よし!」
ゴードン団長が、やけに良い声で立ち上がる。
「喧嘩両成敗だ! 揉めてる市場へ行こう!」
「行くな!!」
全員の声が揃った。
「なぜだ!?」
「問題が増えるからです!!」
ゴードン団長はしょんぼり……するかと思いきや、なぜかテンションが高い。
「ふはは! 忙しいな! 楽しいな!」
「団長、完全に限界超えてます」
「まだ大丈夫だ! ウサギが見えるまではな!」
「ウサギ!??」
また新しい伝令が数人、駆け込んできた。
「商人ギルドからです!」
「官僚区画からも!」
「聖堂騎士団が『中立的な調整役を寄越せ』と!」
「冒険者協会からも『若者が増えすぎて回らん』と!」
部屋が、静まり返った。
それぞれの伝令が、ほぼ同時に言う。
「話の分かる人を」
「現場が見える人を」
「感情的にならない人を」
「若者の扱いに慣れてる人を」
要求が、ぴたりと一致した。
「あ、それ」
「アイリスちゃんじゃね?」
「間違いねぇな」
◇
「……どうして、私がここに?」
王都の大通り。
ホウキを持ったままのアイリスが呟く。
「『なぜか平和的に終わる』って言われまして……」
「『あなたがいると話が進む』と……」
「『もう慣れてるでしょう?』とも……」
「慣れてません!」
そう言いながら、足は止まらない。
市場、官僚区画、聖堂騎士団。
アイリスは王都を走り回った。
「価格表は後で整理します!」
「第一、下がってください! 威圧しない!」
数分で収束。直後。
「書類山脈が崩壊しました!!」
「署名は右、決裁は左、未処理は箱!」
「団長、紙を掴まないでください!」
収束。直後。
「聖堂騎士団が来ました!!」
「今じゃありません!!」
「助けに来たぜ!!」
「来なくていいです!!」
一つ整えると、別で崩れる。
「次、あっちっす……」
「え、さっき片付けたばかりじゃ――」
移動する災害収束装置だった。
誰かが、ふと思い出したように言う。
「北の森の大型魔獣……」
「霧が晴れなくて様子見らしいっすね」
「今はそれどころじゃなーい!」
誰も深掘りしなかった。
◇
夕方。
なぜか全員が、同じ広場に集まってしまった。
市場関係者。
商人ギルド。
官僚。
聖堂騎士団。
第一騎士団。
「だから補助金が――!」
「規定が――!」
「権限が――!」
「騎士団は黙って――!」
誰かが、呆然と呟いた。
「……どうすればいいんだ、これ」
どこからも返事はなかった。
ざわめきだけが、じわじわと広がり続ける。
アイリスの声は、静かだった。
「……落ち着いてください」
アイリスは、深く息を吸った。ざわめきが、わずかに沈む。
「……これだけでは、終わらない気がします」
その直後。
ドォン!!
「な、なんだ今の!?」「北の森の方角だ!!」
「被害を報告します!!」
アイリスは、額を押さえた。
「嫌な予感は、してましたけど……」
第一騎士団が、なぜか一斉に前へ。
「今度こそ出番だな!!」
「出ないでください!!」
アイリスは小さく息を吐いた。
「……今日は、長くなりそうですね」




