第十八話:姉上が普通じゃなかった一日
学園の朝は、朝から慌ただしかった。
来賓用の導線確認、臨時受付の設置、騎士団との警備位置の最終調整。
学生スタッフである俺は、冒険者協会関係者の案内を任され、資料を何度も確認していた。
(……さすがに警備が厳重だな)
本日の『研究と進路の合同公開イベント』は、国王陛下名義の後援行事でもある。
祝辞(代読)に加え、冒険者協会からは支部長クラスが来賓として招かれていた。国王本人は来ない。それでも、その名前だけで警備は跳ね上がる。
第一騎士団が来ると聞いて、多少騒がしくなるだろうとは思っていた。
「おや、真面目だねぇ」
背後から、のんびりした声がかかる。
振り返ると、冒険者協会の支部長が、余裕の笑みで立っていた。
「おはようございます。……支部長、少し早すぎます」
「職業病でね。邪魔にされるのも慣れてる」
「慣れないでください」
支部長は笑い、俺を見た。
「君、アイリスちゃんの弟くんだろ」
「……はい」
少しだけ照れつつ、俺は来賓控室へと案内を続けた。
姉上も今日は、第一騎士団の一員として警備に来るらしい。その程度の認識だった。……この時点では。
◇
異変は、遠くから聞こえてきた。
重い足音。鎧の擦れる音。
「第一騎士団、行進開始ィ!!」
「おおおおおおお!!」
(……いや、ここ学園なんだけど)
「静かにしてください!」
「行進は控えて――」
教職員の声は、完全にかき消された。
「え、戦争?」
「研究発表会だよね……?」
学生たちがざわつき、教職員が顔を引きつらせた、その時。
「第一の皆さん、集合。今すぐ配置をやり直します」
よく通る、落ち着いた声が響いた。
……あ。
姉上だ。
「「おぅっ!!」」
一瞬で揃う隊列。
(……なんで今ので?)
俺は、手元の資料を落としかけた。
◇
姉上は、地図を手に広場中央に立っていた。
「行進は不要です。今日は式典ではありません。裏手中心で配置してください」
淡々と、迷いなく。
人の流れが詰まれば、第二騎士団と即座に調整する。結界担当が淡々と動く。
「結界、再展開します」
「第一が静かだと助かりますね」
第二の責任者が「彼女がいると、全然違うな」と呟くのが聞こえた。
(違いすぎない?)
◇
少し離れた位置で、ノエル副団長が全体を見ていた。
(指揮の中心が、団長じゃない)
アイリスが声を出すたび、流れが整う。
本人に自覚がないのが、なお悪い。
「……君、もう団長だろ」
当然、本人には届かない。
◇
やがて、イベント開始の時間となった。
国王の祝辞は官僚による代読だった。
「『若き皆さんが、研究と進路を自由に選べる未来を――』」
官僚の声が、わずかに気まずい。学生たちの拍手も、控えめだった。この場所で、それを言うのか。この会場にいる何人の学生が、突然の方針転換で研究、進学を諦めた事か。
支部長が苦笑した。
「はは……まあ、言葉は前向きだね」
「……ですね」
祝辞が終わり、イベント開始の宣言がなされると、また人の流れが詰まりかけたが。
「学生スタッフの皆さん、その列、右に流してください」
「支部長、お久しぶりです。こちらへお願いします」
姉上の声が飛ぶ。
「おい、声出すなって」
「姉御が見てる」
第一騎士団が小声でざわつく。
「第一の皆さん、動かない!」
即座に静まる。
(……教育が行き届きすぎてない?)
姉上が全体を見渡している。誰が詰まり、どこが空き、次に何が起きそうか――全部。
(研究者になる人だったんだよなぁ……)
◇
イベントは、驚くほど何事もなく終わった。
帰り際、支部長が言う。
「助かったよ。アイリスちゃんにもよろしく」
「……はい」
第一騎士団は相変わらずだ。
「姉御〜!」
「実質団長!」
「また現場お願いします!!」
「やめてください!!」
◇
そんな騒ぎも落ち着き始めた、片付けの時間。
夕方の学園で、俺は撤収作業をしている姉上に声をかけた。
「姉上、今日はお疲れさまでした」
「うん」
少し迷ってから、俺は言った。
「姉上って……もう完全に騎士団の人ですよね」
「え!? 違うよ!?」
即答だった。
「落ち着いたら復学して、王立アカデミアで研究するんだから!」
俺は少し黙ってから返す。
「でも今日一日、団長みたいでしたよ」
「ちょっと!? 違うからね!?」
必死な顔に、俺は少しだけ笑った。
(……まあ、いいか)
研究者でも、騎士でも。
今日の姉は、間違いなく一番頼れる人だった。
夕焼けの学園で、第一騎士団が相変わらず騒いでいる。
「お姉様ぁぁ!!」
「姉御ぉぉ!!」
「やめて下さい!!!」
……本当に、長い一日だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
弟目線で見る一日は、少しだけ特別だったかもしれません。
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