第十七話:母校という名の戦場
王都から半日ほどの距離にある学園。アイリスは馬車を降り、石造りの正門を見上げた。
(……懐かしいな)
白い石壁。少し古びた紋章。
毎朝くぐった門。魔獣学棟へ走った日も、図書館に籠もった日も、そして――進学を諦めると決めた日の帰り道も。
「おぉ〜……ここがアイリスの母校か!」
背後で、第一騎士団の団員たちが騒ぎ出す。
「思ったより普通だな」
「魔法陣とか浮いてないのか?」
「学生いるじゃん……」
「当たり前です」
アイリスは淡々と返した。
「ここは学園です。戦場ではありません」
「えっ、でも今回は“国王イベント”だろ?」
「国王への不満渦巻く学園!」
「つまり実質ここが戦場じゃ――」
「静かにしてください」
空気が、ぴしりと締まった。
団員たちは反射的に背筋を伸ばす。
(……今の、影のボスっぽかったかも)
内心で焦るアイリスを、門の内側から数十人の学生がじぃっと見ていた。
「……来た」
「本当に来た……」
「第一騎士団を引き連れて……」
そして次の瞬間。
「「「お姉様――!!」」」
甲高い歓声が弾けた。
「え?」
アイリスが振り向いた瞬間、門が内側から勢いよく開き、学生たちが駆け寄ってきた。
「アイリス先輩!!」
「戻ってきてくださったんですね!」
「お姉様! 今日もお美しいです!!」
「ちょ、ちょっと待って――」
気づけば、目を輝かせた後輩たちに完全包囲されていた。
「卒業論文、参考にしてます!」
「騎士団での活躍、噂で……!」
「第一をまとめてるって本当ですか!?」
「まとめてはいません。ただ現場にいただけです」
「謙虚……!」「そこがまた……!」
「「お姉様……!」」
「お姉様?」
その単語に、第一騎士団が反応する。
「今、お姉様って言った!?」
「百合!?」「ぃよっ、姉御!!」
「いいぞもっと――」
「違います」
振り返り、低い声で告げる。
「変な妄想を口に出さないでください」
「はい……」
屈強な男たちが、秒で沈黙した。
その様子を、少し離れた場所で呆然と見ている人物がいた。
「あ、姉上……?」
弟だった。
学園の制服姿で、資料を抱えたまま固まっている。
(なんで第一騎士団の先頭に立ってるんだ)
(なんで先輩に囲まれてるんだ)
(なんで騎士が一斉に黙ってるんだ)
弟の脳内で、“影のボス疑惑”が再燃した。
「いやぁ……相変わらずだねぇ、アイリスちゃん」
隣で、冒険者協会の支部長が苦笑した。
「まとめるの、上手だよ」
「……何の話でしょうか」
「現場向きだねって話さ」
第一騎士団が深く頷く。
「分かる」
「逆らえない安心感」
「現場が落ち着く」
そこへ、学園側の責任者が駆け寄ってきた。
「アイリスさん! 本日は会議に来てくれて本当にありがとうございます。正直……第一騎士団と聞いて、不安で……」
団員たちがざわつく。
「え?」
「なんで?」
「俺たち最強だぞ?」
責任者は言葉を選び、正直に言った。
「空気を読むのが、少々……」
アイリスが一歩前に出る。
「問題ありません」
その一言で、場が静まった。
「私が調整します。皆様に混乱が起きないように。卒業生として、生徒側の目線に立ったフォローも行います」
責任者は、ほっと息を吐く。
「……噂通りですね」
「噂?」
「“この人がいれば現場は回る”と」
弟は、頭を抱えた。
(やっぱり姉上、影の――)
◇
母校の講堂。臨時の会議室として整えたそこには、第一騎士団、第二騎士団、学園の職員が集まり、数日後の警備について打合せが行われていた。
広げられた地図には、導線と警備区画がびっしり書き込まれている。……第一騎士団の会議では見る事がない物だ。
「以上が、学園警備の導線案です」
第二騎士団の魔法騎士が説明する。
「つまり! 正面ドン! 裏もドン! 怪しいのが来たらドン!」
「ドンって何だ」
第一騎士団は、平常運転だった。
第二騎士団が、ほんの一瞬、遠い目をする。
「……第一騎士団は制圧担当で?」
「おう! 得意分野だ!」
「それは事件後の話です。今しているのは未然防止の話です」
ぴし、と空気が張る。
「あの、補足して良いでしょうか」
アイリスが地図を指さした。
「正門は象徴的な場所です。第一が立つと威圧感が強すぎます」
「……む」
「第二が結界で警備。第一は裏手を中心に非常事態に備えるが良いのでは」
ゴードン団長が腕を組む。
「つまり俺たちは突発対応か?」
「はい」
「よし! 任せろ!」
第二騎士団の若手が、思わず小さく息を漏らした。
「……判断が早い」
地図に新しい線が引かれていく。
「学生は感情で動きやすい。はっきり言いますが、学生の中には、国王の政策に不満を持つ人もいます。ですので、万が一問題が起きたら、結界で隔離。第一は突っ込まないでください」
「特攻は!?」
「しません」
第二騎士団の小隊長が、静かに言った。
「……あなたがいるなら、大丈夫そうですね」
「ありがとうございます……?」
第一騎士団がざわつく。
「もう団長でよくね?」
「よくありません」
地図の中心に立っているのは、誰が見てもアイリスだった。
こうして。
第一騎士団(勢い)
第二騎士団(理論)
そして、その間を繋ぐアイリス。
母校イベントは、静かに、しかし確実に動き出した。
(第一が静かにできるのは……ここまでだろうな)
その予感は、外れなかった。




