第十五話:殴る前に確認しよう、モグラか猫か
誰もいない朝の武具庫は静かだった。油の匂いと金属の冷たさの中で、アイリスは黙々と鎧を磨きながら、今日の予定を思い出す。
(今日は魔獣の討伐会議だったよね)
第一騎士団の会議。つまり……混沌。
心の準備をして廊下へ出た途端、遠くから聞こえてくる元気すぎる声。
「だから勢いで行けばいいだろ! シンプルに殴る!」
「殴るまでが大変なんすよ!」
(朝から元気だな……)
会議室の扉を開けた瞬間、耳に届く大音量。
「モグラみたいな奴だろ? 掘って確保だ!」
「掘れば掘るほど逃げるっすよ!」
「じゃあ罠……穴とか……」
「穴に住んでるっす!!」
机の上には資料が散乱している。アイリスは足元に落ちていた紙を拾い上げた。
王都治安管理局より。
『市街地北側の畑周辺において、小型魔獣アッシュモールの異常出没が確認された。夜間騒音と農産物被害が深刻化。対応願う』
(……普通に依頼書だった)
「揃ったか!? 今から“アッシュモール”の討伐作戦会議だ!」
「未知の魔獣だ!」
「特徴の確認だ!」
口々に叫ぶ団員たちの中で、アイリスは拾った資料を整えながら、淡々と口を開いた。
「アッシュモールは地潜り型の小型魔獣です。畑では割と一般的ですね。害虫を食べるので、農家の方からは“畑の味方”扱いです」
ゴードン団長が目を丸くする。
「味方なのに、畑が壊滅してるぞ?」
「数が異常だからです」
「なるほど、分からん」
「農家の間では、“モグニャン”とも呼ばれて――」
「モグニャン!? はいっ!! 俺、説明できますっ!!」
「「えっ、お前が?」」(えっ、また!?)
勢いよく立ち上がったのはルーカスだった。
「モグニャンは猫寄りの生態なんすよ! かわいいけど大変なんす!」
「名前かわいいな」「可愛くて大変なのか?」
「猫くらいのサイズで、灰色で、フワッとしてて! 地潜り前に背中ブルブル震わせるんす!」
「それ絶対かわいいだろ」
「かわいいっす!」
「猫寄り……なるほど! じゃあマタタビだな!」
「逆効果っす!!」
ルーカスが全力で否定する。
「テンション爆上がりして暴れるっす! 目もギラギラで超怖いっす!」
(おや……? 以外と詳しい)
「王都では珍しい魔獣なんですか?」とアイリス。
「全然! 畑には普通にいるっす。ただ今回は数が多すぎる」
団長が首をかしげる。
「お前……なんでそんな詳しいんだ?」
「新人研修で第二騎士団に行ったとき、捕まえたことあるっす! いや~、ちゃんとした名前を忘れてたっす」
どよめく団員たち。
「ルーカス意外と優秀~~!!」
「なんで急に増えたんだろうな……」
(北部の地中温度が下がってる。一角ウサギも大量に発生してたし、小型魔獣の避難、かな)
思いつきを口にする代わりに、現実的な説明をする。
「最近、北部の地中温度が下がっています。アッシュモールは寒さが苦手です。暖かい場所を求めて南下した可能性が高いです」
資料を指で示す。
「捕獲方法は過去の報告書にあります。モグニャンは暖かい場所が好きなので、捕獲カゴだけを温めます」
「それそれ!!」
ルーカスが勢いよく頷いた。
「冷気で周囲を冷やして、カゴだけぽかぽかにするんすよ。すると――」
「勝手に入ります」
「よし! それだ!」
団長が満面のドヤ顔で頷いた。
作戦はあっさり決まった。
・第一騎士団:地上封鎖と周辺住民の安全確保
・第二騎士団:魔法で地中冷却+捕獲カゴ加温 → 誘導捕獲
団員たちが拍手を始める。
「もう会議終わった!」
「今日は理解できた!」
「アイリスとルーカスが司会でよくない?」
(議事録までは作らないよ?)
◇
作戦は、驚くほど静かに進行した。
冷風魔法でひんやりとした畑。
ぽかぽかの捕獲カゴ。
「ミィィ……」
「ミィィ……」
モグニャン、次々入場。
「なんで勝手に!?」
「これ討伐じゃなくてイベントの受付では!?」
「静かにしてください。逃げます」
アイリスの、小声なのに圧のある一言で、第一騎士団が一斉に黙る。
第二騎士団は穏やかだった。
「猫寄りですね」
「ほら、目が丸いでしょう」
第一、崩壊。
「うおおおお!!!」
「触っていい!?」
「ミィィィッ!!」
「持ち場に戻ってください!」
「あと、余計な情報は与えないでください!」
農家たちは感動していた。
「助かった……」
「可愛いな……」
◇
捕獲は無事完了し、被害はほぼ解消された。
「ありがとう第二騎士団!」
「第一騎士団もありがとう!」
第二騎士団の団員がぽつりと呟く。
「アイリスさん、現場向きですよね」
「判断が早くて、空気も読んでる」
「第一って“勢い特化”だと思ってたんですけど、こんな形で連携できるなんて」
「……ありがとうございます」
ルーカスが肩をすくめる。
「でしょ? 影の副団長なんだから」
「違います」
「違った?」
「違います!」
ルーカスは報告書を書きながら首を傾げた。
「でも、やっぱ数おかしかったっすよね~。第二のときは、こんなに集まらなかったっす」
◇
撤収作業中、第二騎士団の一人も報告書を書いていた。
『――なお、本件は第一騎士団と合同で対応に当たった。第一騎士団は従来の突破力に加え、内部調整能力を獲得しつつある』
視線が、自然とアイリスに向く。
『判断の多くは、団員アイリスによるもの』
その報告書は、定例通り各所へ送付された。
その中に一通、「士官候補生・卒業校関係資料共有」という名目で、アイリスの母校を経由するルートが混じっていたことを、この時点で知る者はいなかった。
◇
数日後。
アイリスの実家。
「……姉上?」
「影の――」
「ボス?」
家族の反応は、見事に一致していた。




