第十四話:名簿に載っていた名前
第一騎士団の大部屋は、妙に片付いていた。机も床も普段よりきれいだ。いつも雪崩を起こしている書類の山も無い。
理由は単純で、今日が人事考課の日だからである。大部屋横の資料室では、人事官が淡々と書類を確認している。
「これより、第一騎士団の人事考課を行う。呼ばれた者から前へ」
人事官が名前を呼ぶたび、団員が一人ずつ資料室に吸い込まれていく。
「次、ルーカス」
「はいっす!」
呼ばれては入り、終われば戻ってくる。その繰り返し。空気は張りつめつつも、どこか慣れた流れだった。
人事官が名簿をめくる。
「次、アイリス」
(……え?)
「……今、なんて?」
「アイリスちゃんって聞こえたぞ」
「人事考課って団員だけじゃ?」
ざわ、と一斉に視線が集まる。
「……私?」
(待って待って、呼ばれる側なの? なんで?)
「アイリス。前へ」
「は、はい……」
一歩、前に出る。同時に、大部屋のざわつきが大きくなった。
「? いや、ちょっと待ってくれ」
そんな中、ゴードン団長が前に出た。腕を組み、首を傾げている。
「アイリスは掃除係で……人事考課に呼ばれる理由、なくないか?」
(((そうそうそう!!)))
人事官も首をかしげ、手元の名簿を確認する。
「第一騎士団付きの清掃担当。所属は第一騎士団です」
「……んん??」
ゴードン団長の口から、間抜けな音が漏れた。
「こちらに記載があります」
人事官は名簿を差し出す。
団長は受け取り、眉を寄せて覗き込むと、そのまま固まった。
(知らなかった顔だ)
ざわざわが、どよめきに変わる。
「え、団員?」
「団長の私物枠だと思ってた」
「いつの間にか居着いてた掃除係だよな」
好き放題言われているが、否定できる情報がアイリスには無い。
ゴードン団長は腕を組んだまま、うんうん唸る。
「いや、ほら……第一“付き”だろ? 団員じゃないけど団に雇われてる枠、みたいな」
「書類の通り、第一騎士団所属です」
人事官は揺るぎなく読み上げた。
「職務名:清掃係(名目上の職務名)」
「備考:柔軟な運用を前提とする」
「今期実績:清掃、書類管理、武具管理、外部調整、軽戦闘対応、団内混乱是正」
団員たちが息を呑む。
「名目って言ったぞ今……」
「裏あるやつだこれ」
「団長、そんな深いこと考えてたんすか!」
「いやぁ、絶対考えてねぇだろ」
「俺は……掃除してくれる人が欲しかっただけで……!」
ゴードン団長は混乱している。
「仕事内容、俺らより幅広いよな……?」
「影の中枢じゃん」
「いや基盤じゃん」
(やめて! なんか話が大きくなってる!)
混乱の極みに達した団長は、いつもの悪い癖が発動した。
「……まぁ……うん。そうだな! 最初からそのつもりだった!」
胸を張り、顎まで上げた。
どうやら総騎士団長室での“評価されてる俺”モードが蘇ったようだ。
「……柔軟運用だ! 時代に合った雇用形態をだな!」
(後付けが強すぎる)
人事官が咳払いをする。
「所属確認と職務内容の確認は以上です。詳細評価は個別に行います。アイリス、こちらへ」
「は、はい……」
ざわつく大部屋を背に、アイリスは資料室へと向かった。
◇
静かな個室で、人事官が書類を確認しながら淡々と読み上げる。
「給金は見習い兵基準。業務範囲は、清掃を軸に必要に応じて拡張。評価は……良好です」
「そう、ですか」
『誤解でも、動けば実績になる。それを利用するのも手だ』
ふと、先日のノエルの言葉が脳裏をよぎる。
(……そっか)
胸の奥で、状況がひとつ線になった気がした。
掃除係として必死に対応した約一年が、“団員としての実績”に変わっていた。
(なら、もっと上手くやらないと)
人事官が顔を上げる。
「以上です。何か質問は?」
「いえ、ありません」
◇
資料室を出ると、大部屋ではまだざわつきが収まっていなかった。
「結局、団員だったのか」
「掃除係(名目上)ってワード強すぎない?」
「俺らの仕事、見直した方がよくね?」
「いや、まず団長を見直せ」
ゴードン団長は誇らしげに腕を組んでいる。
「ふふ、俺の目に狂いはなかったな!」
(いや狂ってるよその目)
天井を見上げながら、アイリスは息をついた。
(第一騎士団、か……)
その言葉が、ようやく自分の中で形になった。
こうして、“掃除係”アイリスは、最初から第一騎士団の一員だったと、公式に周知された。




