第十一話:団長、現実とウサギと向き合う(たぶん)
合同会議が第一騎士団長の大活躍として評価され、心が折れたアイリスとルーカスは勤務終了時刻と共に、さっさと退勤した。
翌朝。アイリスはいつも通り廊下をモップがけしていたが、そこへ団員が滑り込んでくる。
「アイリスさぁぁん!! 助けてくださいぃ!!」
「掃除係なので無理でーす」
「話だけでも聞いてぇぇ! 追加資料が! 団長が!!」
アイリスはモップを止めた。
◇
「誰か! この追加資料ってやつ! どこにあるんだ!? 総騎士団長が『今日提出』って言ってたんだぞ!!」
ゴードン団長が紙束を振り回して絶叫していた。
「団長、それ昨日アイリスさんが説明してたやつですよ」
「資料の内容はどんななんだ?」
「なんで俺が把握してる前提なんだよ! 俺、知らんぞ!!」
(知らんのかい)
そこへノエル副団長が静かに入室した。
「追加資料の確認に来た」
「い、今まとめてるところだ!(キリッ)」
(いや、紙振り回してるだけ)
ノエルは冷ややかに言い放つ。
「……ゴードン団長。資料は団長が内容を把握している前提で作られている。だが、団長は理解していない。違うか?」
「うっ、む。そうだな」
「いま部下たちが動けない理由、分かるか?」
全員の視線が団長へ集中する。
「団長が『わかってるよな?』という圧だけ出してくるからだ。中身スカスカの威圧は、ただの混乱製造マシンだ」
「混乱製造……!?」
「現状、掃除係のアイリス君ひとりの質問で団が回っている。団長は混乱という名の汚れを撒き散らしている状態だ」
「俺が、汚れ……!?」
「掃除しがいがあるな」
「褒められてる!?」「いや全く」
ノエルが退室すると、残った団員たちは凹んでいるゴードン団長に声をかけた。
「団長、少しは自覚出ました?」
「全部……アイリス頼り……?」
「頼りっていうか……アイリスさんが『どうやったら良いですか?』って聞いてくれるから”説明してるっぽい状況”になってただけっすよ」
「アイリスが入る前、どうしてたんだ俺ら……」
「「「地獄だったな!!」」」
「俺……指示出してないのに……なんで団が潰れてなかったんだ……?」
混沌とした空気の中、アイリスは静かにモップを動かしていた。
「アイリスちゃんからも何か言ってくれ!!」
「え゙。……。“掃除”って、放置すると落ちにくくなるみたいです。以上でーす」
「俺が落ちにくい汚れ……!!」
「では、掃除の続きに戻りまーす」
◇
その日の昼。第一騎士団の混沌は、また別方向に転がり始める──。
総騎士団長からの急報。
『一角ウサギ大量発生。住民の畑が壊滅。至急討伐せよ。あ、毛皮は綺麗に剥ぎ取ってね。加工して、住民の収入補填にするから。くれぐれもよろしく』
ゴードン団長は「俺が頼られてる!! やるぞ!(キリッ)」と胸を張るが、読み込むほどに『毛皮をキレイに剥ぐ』の箇所で思考が停止する。団員たちは目を合わせ、事態を察する。
「団長……これ、いつもの討伐と違うっすよ」
「任せろ! 会議だ!!」
ゴードン団長が張り切って会議室に団員を集める。
「で、誰に頼む!? 傭兵? ハンター? 冒険者? ツテがあるのは誰だ!?」
「団長、ツテを探すとこからですよ……」
(やっぱり横のつながりゼロだった……)
そこでアイリスが手を挙げた。
「あのぅ。私、知り合いに聞いてみます。市場のタイムセール仲間に……」
こうしてゴードン団長とアイリスは、知り合いのいる冒険者支部へ向かうことになった。
◇
「初めまして、第一騎士団長。アイリスちゃんは、久しぶり。さて、今日はどうした?」
(支部長!? 上層部だったの!? 団長を連れてきたのミスだった!?)
支部長の前でゴードン団長は緊張しながら答える。
「住民が……えーと……毛皮をキレイに……?」
(全部混ざってる)
結局アイリスが説明し、支部長は頷いた。
「受注額は、この金額でどうだろう?」
すると団長の目にキラリと力が入る。
「いや、その……その金額じゃ住民が困っちゃうからな! ほら、こう! お得なやつにしてくれたり……しない? 勉強してほしい!(キリッ)」
(最悪だーーー! なんでそうなるの団長ーーー!!)
アイリスが石のように固まる中、支部長は笑って値下げを承諾した。
◇
その夜。アイリスは支部に直行し、半泣きで謝罪する。
「『勉強』なんて……! ごめんなさい……! 本当に……!」
「謝らなくて良いよ〜。俺が嫁に怒られちゃう。にしても……いや〜上司さん、勢いがすごいねぇ。嫌いじゃないけど」
「上司じゃないんです。私も、ただの掃除係で……」
「ただの掃除係? そんな事ないさ〜。今日のまとめ役は完全にアイリスちゃんだったよ」
この日を境に「第一騎士団には“裏ボス”がいるらしい」という妙な噂が流れ始めた。
ゴードン団長だけが何も知らず、胸を張っていた。




