第十話:転職イベント
会議が終わり、魂の抜けたアイリスが廊下を歩いていると、後ろから声がかかった。
「アイリス君」
振り返ると、ノエル副団長が資料を手に立っていた。
「今日の資料、非常に助かった。第一が混乱している中、君が抜けを洗い出し、要点を整理した。――状況を理解し、全体を俯瞰できる者は貴重だ」
「えっ……あ……ありがとうございます……!」
(まともな……まともな褒め言葉が……!)
アイリスの目にうっすら涙が浮かんだ。
「ところで、君はなぜ第一騎士団に?」
出た。聞かれたくない質問ランキング上位である。アイリスは目をそらしながら、小声で答えた。
「……親と親戚が、お見合いの話を大量に持ち込んできて。反射的に、求人募集に飛び込んだら……ここで」
「なるほどな」
ノエルは即理解した顔で、静かに頷いた。
(いや納得できるの!? 私ってそんなイメージ?)
「実力だけで見れば、君はどこの騎士団でも即戦力だ」
(これは……! 転職イベント来た……!)
「だが、募集していない。第二は定員がぴったりだ」
(イベント終わったわ)
ノエルは淡々と続ける。
「そもそも第一騎士団以外には“掃除係”という役職が存在しない。各自が自分の持ち場を管理するからだ」
「え。そうなんですね……」
「そして、第一から届いた給与一覧を見て気づいたが……。君、異様に給料が高いな?」
「やっぱり高いですか?」
「掃除係なのに見習い兵と同等とは……どういう体系だ?」
「ゴードン団長が、手続きを間違えたらしく……」
ノエルは額を押さえた。
「ゴードン団長らしい……。しかし、仮に別の団へ移籍するとして、おそらく君の給与を維持したままは無理だ。第一の給与は異常だ」
アイリスはその場にうずくまった。
「詰んでる……!!!」
ノエルは苦笑しながら、一言だけ添えた。
「ただ、君の働きを見ている者は確実にいる。それを伝えたかった」
「……それだけで、ちょっと救われました」
ノエルは静かに去っていった。その後ろ姿を見送った後、アイリスは天井を仰ぐ。
(第二騎士団……静かで……資料も整ってて……。団長はドヤらないし……ルーカスは叫ばないし……。床に紙も散らばってないし……)
完璧な職場の幻が、眩しく輝いて見える。
「でも……給料は手放せない……!」
給料のため、足は地獄の第一騎士団へと戻っていく。
廊下の奥から、団員たちの小声が聞こえてきた。
「ゴードン団長って、あの”やったふり”だけは上手いよな」
「上層部が勘違いして、『団長向き!』って抜擢したって話だぜ」
「マジでフリだけは一級品」
(……帰り道に聞きたくなかった真実……)




