第一話:団長は、今日もやめたい
朝の第一騎士団本部。
「おはようございまっす!」「夜勤お疲れ〜ぃ」
夜勤を終えてゆったり食堂に向かう者、訓練用の木剣を携えて先を急ぐ者。ガヤガヤとした空気の中、玄関の掃除を終えたアイリスは、一括りにした藍色の髪を揺らしながら歩いていた。
(次は大部屋を掃除して、そしたら休憩しよ〜。今日は……清々しい気分のまま休憩に入れるといいなぁ……)
重厚感のある木製の扉を開けようと手を伸ばすと、後ろから大きな足音が近づいてきた。
振り向くと、アイリスのすぐ後ろに背の高い男が立っている。金に近い茶髪が、朝の柔らかな光を受けてきらめいている。第一騎士団の団長、ゴードンだ。
「ゴードン団長、おはようございます」
「あぁ、おはよう」
筋肉質で見事な体格だ。アイリスを追い越したゴードンは扉を開けて中に入ると、静かに息を吸い、そしてつぶやいた。
「……はぁ~……俺、もう辞めよっかな~~~?」
さほど大きくない声だが、絶妙に部屋中に届く音量。
(うわ、また始まった……。この人、声のボリューム計算して出してんだろ絶対)
「次の遠征さぁ? 北の砦行くじゃん? そこでさぁ、俺……現地で逃亡するかもな~~~(チラッチラッ)」
部屋にいた団員たちは目を合わせないように、下を向いたり窓の外を眺め出す。アイリスもなるべくゴードンを視界に入れないようにしながら、横をすり抜けて部屋に入った。
(……いや、士気が下がるんだよ。いきなり団長が辞める? 後処理は誰がやるんだよ。全部の指示出して、引継ぎ済ませてから辞めろよ? 構ってほしいだけだろ口閉じろよ……!!!)
目が合ったら、アイリスの口から文句が溢れそうだ。日によって出勤時間も勤務場所も変わる団員たちと違って、掃除係のアイリスは常に騎士団にいる。つまり、この辞めよっかなぁ(チラッ)を見る頻度が高くなり、地味にストレスが溜まっている。
ゴードンは無視を決め込む団員たちに気づかないのか、チラッチラし続けている。「ほら? 誰か引き止めて?」と言わんばかりだ。
(朝から何やってんだよ……)
再びドアが開き、団員が1人飛び込んでくる。慌てて家を出てきたのか、寝癖がついたままだ。
「ん? おぉ、おはようルーカス。あ〜。もしかして聞こえちゃった? 北の砦に行ったら、俺帰ってこれないかも――」
「! だっ、大丈夫だぁぁぁ!!」
「えっ、何が?」
「だいじょぶだぁぁぁ!!!」
「ル、ルーカス?」
(何も思いつかなくて、とりあえず勢いで押す事にしたんだな……)
なぜかゴードンが満足げにうなずく。
「ふむ。まあ、俺の存在感に不安を覚える団員が多いのは困るからな。よし! 今日も俺が士気を上げるぞ!」
(下げてんだよ毎回……)
偉そうに胸を張って、何やら話し始める。筋肉質で見事な体格だ。ただしその筋肉は、ドヤ顔で決めポーズを取る為に使われる事が多い。
ゴードンがテンション高く演説を始めたので、団員たちは静かに散っていく。
誰もゴードンの演説を止めないし、聞いていない。
アイリスはホウキで床を掃きながらつぶやく。
「団長の口を縫い付けて、さっさと北の砦に発送したい……」
アイリスが第一騎士団の掃除係として働き始めて半年。ゴードン団長の “辞めよっかな~(チラッ)” は、今日で 通算51回目であった。




