曇ったガラス
みな子は、朝からパン作りの様子や、出来上がったパンを動画にしたり、静止画で残しては、SNSに投稿していきました。
ただ、投稿してもフォローは増えませんでした。
画像は、美味しそうに焼けたパンが綺麗に並べられていたり、パン作りの裏側がわかるようになっていて、非常に面白い…… はずでした。
昼を終えて、夕方への勤務に入ったみな子は、夕方に向けてのパンを並べ、写真を撮りました。
何か、やり方が違うのかもしれない。
SNSに投稿する直前、そう思うとスマホを操作する手が止まりました。
店の扉が開きました。
「お昼ご飯は、やっぱりパンじゃね」
ああ、あの認知症のおばあちゃんだ……
繰り返し、店をぐるぐる回って、また同じことを言って……
お金も払わないでパンに口をつけてしまう。
これでは売り上げが上がるどころか、下がってしまう。
それはみな子の給料に直結します。
「やめてください!」
みな子は無意識に怒鳴っていました。
おばあさんは、泣き出して、その場に座り込んでしまいました。
認知症だってわかっていたのに、怒ってしまった自分が情けなくなりました。
店内の様子を見たお客さんは、店に入る手前で引き返してしまいます。
これでは普通の売り上げの機会も失われていく。
悪いことが、さらに悪いことを生み出しています。
みな子は、おばあさんの手をとって、立ち上がってもらいます。
「おばあちゃん、どこからきたの?」
「どこって、ここがお家だよ」
「違うよね? 本当はどこからきたのかな?」
みな子は、おばあちゃんの手を引いて店の外に出ました。
「おばあちゃん!」
メガネをかけた男の子がみな子の方にやってきます。
おばあちゃんのお孫さんです。
「ありがとうございます。おばあちゃんを探していたんです」
みな子は、お孫さんにおばあちゃんを引き渡すと店に戻りました。
おばあちゃんが手をつけてしまったパンを片付けました。
ここまでの売り上げを数えてみます。
やっぱり上手くいってません。
売り上げに入るはずのパンを破棄しなければならず、売れた時の計算から考えると、二倍の損失になっています。
泣きなくなるのを抑えながら、みな子は店番を続けました。
塾の子供が、パンを買いにくる時間になってもやってきません。
確かに、勤務の初日は塾の子供はきませんでした。
もしかしたら、くる日と来ない日があるのかも。
みな子は塾のことを調べてみます。
時間割を見る限り、授業はありました。
「今日はパン買いに来ないのかなぁ」
店を出て、外から塾の中を覗いてみます。
パッと見ただけですが、昨日と比較すると少ない様子です。
みな子は、店に戻る時、パン屋の中を覗き込む男の子に気付きました。
背格好は小学生です。
前髪が目に掛かっていて、視線が分かりにくい子です。
みな子は、もっと近づいたら声を掛けようと思って近づくと、男の子に先に気づかれてしまいました。
「!」
男の子は、みな子の横をすり抜けるように走っていくと、塾に入っていきました。
塾まで押しかけて、名前を聞くわけにもいかないし……
みな子は、ふと、男の子が覗き込んでいた店のガラスが目に入りました。
「曇りガラス?」
よく見ると『曇りガラス』ではなく、ガラスが汚れているだけでした。
……これじゃキラキラしないはずだ。
みな子は店がしまった後、おじさんに道具を出してもらって店のガラスを綺麗に掃除しました。
脚立に乗ると危ないということで、高いところはおじさんにやってもらいました。
「確かにいつの間にかガラスを掃除するのを忘れていたな」
ガラス掃除の後、みな子は店内の行き届いていない場所について掃除をしました。
おじさんは朝のパンのことがあって先に寝てしまいました。
店の掃除が終わると、みな子は夜遅くに家に戻りました。
何もする気にならず、そのままベッドに入ると寝てしまいます。
風船犬の色は、足の付け根まで戻っていました。
その夜、みな子は夢をみました。
パン屋を覗き込む男の子と、風船犬の夢でした。
夢の中では、風船犬が男の子に話しかけていました。
最初のうち、顔を背けていた男の子も、最後には風船犬の頭を撫でていました。
みな子は、それを見て夢の中で微笑んでいました。




