キラキラ集め
みな子が部屋に戻ると、風船犬が待っていました。
『今日一日でずいぶんキラキラ集まったね』
みな子は今日の出来事を思い出して、どこがキラキラしていたのかわかりませんでした。
「汚いじじばば…… いや、高齢者たちの救いのないエピソードしかないけど」
『どれがキラキラだったかなんてわからないけど、それ以外にも色々あったでしょ』
みな子はため息をつきました。
普通のお客さんと、普通の会話をしていました。
それは『今日から勤め始めたの?』とか、『パン屋のおばさんの親戚なの?』とか、たわいもない、単純で、簡単な会話です。
なんて答えて良いのかわからないことや、おばさんを心配する声など、みな子にとって昨日までの一生分の会話と同じくらい会話した感覚でした。
「会話したことくらいかな」
『会話そのものは別にキラキラしてなくても、キミや相手がキラキラを感じれば良いんだ』
「……」
風船犬は色の戻っていない顔で嬉しそうに笑いました。
そして前足を持ち上げ、足先を眺めています。
みな子は気づきました。
「あっ、色が戻ってる」
爪の色として塗られたのか、風船の地の色なのかはわかりませんが、その足先は鮮やかな青色をしています。
一週間も働けば全部色が戻るかもしれない。
そうしたら風船犬は悪魔の手先にならず、私は助かる。
みな子は無意識に風船犬の頭を撫でました。
次の日も、みな子は朝早くおじさんの手伝いをするためにパン屋に入りました。
やっぱり手を貸す程度のことしかさせてもらえませんでしたが、おじさんがやっているパン作りの工程を覚えてしまいました。
みな子が店にパンを並べていると、開店の時間が来て、朝の焼き立てパンを買い求める客の応対をしました。
昨日の厄介な客と比べると、どれだけ良い人たちなのかがわかりました。
お客さんがいなくなると、奥からおじさんが出てきて一度帰るように言われます。
みな子は頷いて家に戻り、自分の食事をしました。
昼前にパン屋に戻ると、美味しそうなパンの匂いがしていました。
お昼ご飯を買いにくるお客様に向けて、みな子はパンを並べていきます。
パンは綺麗に焼き上がっていて、美しくさえ思えます。
「こんなにじっくりパンを見たことなかったなぁ」
すぐに食べてしまうばかりで、パンを並べて眺めるようなことはありませんでした。
棚にはパンの名前が書かれた札が立っていて、みな子はその通りパンを置いていきます。
全てを並び終えたみな子は、昨日、買いにきたお客さんの様子を思い浮かべました。
少し考えてから、奥のおばさんのところへ行くとみな子は言いました。
「パンの置き場所を工夫しても良いですか?」
おばさんは椅子に座ったまま微笑み、頷いてくれました。
レジのところに戻り、パンの名前を書いた札をいくつか作りました。
そして札をたて、パンを並び替えました。
扉の鈴がなり、一人、二人と、お客様が入ってきます。
みな子はレジに戻り、お客さんの様子を見ていました。
人気パンのところで人の並び集中し、流れが止まることがなくなった。そんな風に思えました。
場所が変わって戸惑っているお客さんもいるようでしたが、売り切れたパンを補充する時も、お客さんが固まっていないため、やり易さが違います。
お昼ご飯の時間が過ぎると、おじさんがやってきて同じようにパンを持って帰っていいぞと言われました。
みな子は残っているパンをいくつか選んで持ち帰り家で食べると、夕方からの仕事に戻ってきました。
今日、またあのクレーマーおじいさんや、認知症のおばあさんがやってきたらどうしようか、と考えていましたが今日はそういったお客さんはきませんでした。
陽が落ち夜になると、たくさんのお客さんがやってきました。
そのお客さんは、背格好や言動から小学生のようです。
少量のパンを一人一人がトレイに乗せてやってきます。
みな子は疑問に思って聞いてみました。
「みんな、どこからやってきたの?」
「知らないの!? このパン屋の隣に塾があるんだよ」
みな子は塾などを意識したことがありませんでした。
「お弁当とか持ってこないの?」
「夕ご飯はお家で食べるし」
塾での勉強の合間に食べる『おやつ』としてパンを買っていくのだ、とみな子は思いました。
子供だからか、合間に食べるおやつだからか、それとも勉強しているからか、塾の子たちは『甘い』パンを選んで買っていきました。
店にいた塾の子がいなくなり、レジが空いたのでみな子は店内を見て回ります。
「!」
店の外から、中を覗いている子供を見つけました。
昨日もいた子だ。
なんのために店を見ているのだろう。
みな子が扉を開けて、その子に声をかけようとすると、その子はいなくなっていました。
みな子は、どれだけ男の子の足が速くても、後ろ姿は見れると思いました。
「……見間違い?」
確かに店の隣には塾があり、看板の明かりがついていました。
みな子は、塾のスタッフらしき人に声をかけます。
「この塾ですけど、昨日もやってました?」
「小学生から中学生までの塾で、昨日も小学生の教室があったはずですよ。うちの生徒がどうかしましたか?」
「い、いえ。何かあったわけではないです」
すぐに姿が見えなくなったのは、塾に入った可能性がある。
みな子はそう思いました。
ただ、その子が何をしたわけではないので、塾まで入って探すわけにもいきません。
そのまま頷くと、塾を出ました。
パン屋に戻ると、おじさんが近づいてきました。
「そうだ。給料の話をしていなかっただろう」
おじさんの手にはメモ紙が握られていました。
「うちのが動けない代わりに雇っているから、いつもの売り上げと同じだと君にあげる給料が払えないんだ」
「えっ?」
言われたみな子は、おじさんが言っている意味がわかりませんでした。
「うちのには給料払ってないからな」
「けど……」
「うちのは無給で、家に住んで、飯を食っている見返りに働いていたんだ。その代わりに働くと言うことは、給料を払うだけの売り上げアップが必要だ」
みな子は首を傾げながらも、聞き返しました。
「どうすれば良いんですか?」
「給料で欲しい分だけ、売り上げアップしてくれと言うことだ」
「売り上げアップした分は私がもらえるということですか?」
酷い話のようにも聞こえるが、売り上げが増えた分をそっくりもらえるのなら、多額の給料をもらえる可能性もあると言うことだ。
「今の話、本当ですか?」
おばさんが言います。
「ダメだよ、みな子ちゃん。このままだと売り上げが下がったら、給料なしになっちゃうよ」
みな子は、おじさんだけではなく、おばさんも聞いていたと思うと、こう言い返しました。
「わかりました、その代わり売り上げが増えた分だけ全部私にもらえますか」
「……」
おじさんは慎重に何か考えていたのですが、おばさんは言いました。
「マイナスだったらどうするの」
「よし、それでいこう。今言った通り、売り上げが下がれば下がった分は払ってもらうぞ」
みな子は笑って言います。
「じゃあ、明日も頑張りますね」
家に帰ったみな子は、調子に乗りすぎたと思いました。
風船犬が近づいてくると、抱き上げ、どこの色が戻ってきているかを確認しました。
後ろ足にも、色が戻り始めていました。
「給料の件は、失敗だったかなぁ……」
色々できることがないか考えます。
「テレビCMを出せるわけじゃないし」
みな子は考えました。
「SNSならタダでできるかも……」
無料でも、SNSはフォロワーが多くないと効果がない。
今までSNSは『見る』ばかりで、関わろうとはしてきませんでした。
ゼロから突然バズる方法など、みな子には分かりません。
「けど、何もしないと私の給料が」
とにかく、みな子は新しいアカウントを作り、仕事の合間に撮っていたパンの写真を載せました。
「明日。とにかく明日も頑張ろう」
みな子はベッドに潜り込み、寝てしまいました。
暗い部屋の中で、みな子のスマホだけが輝いています。
そのスマホ画面を、風船犬がじっと見つめていました。




