第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第三十四節
たった一つ
捨てられなかった想いは…
二人に連れられて屋上を出たすぐあと、階段の途中で真凛とすれ違った
「あれ? 真凛、どしたの?」
「屋上に忘れ物したみたいでさ… 鍵貸してくれない?」
「いいよー ついでに先輩に返しといて」
「オッケー 分かった」
そういうと真凛は宇佐美さんから鍵を受け取って階段を上がっていく
真凛が私の横を通り過ぎる瞬間、かすかに言った
「屋上で待ってる…」
「っ…」
たぶん一人で来いってことなんだろうな
普段、空気が読めない私でもなんとなくその時は理解できた
だから宇佐美さんと佐藤さんに適当なことを言って一人で屋上に戻ってきた
さっきまでと違って静かになった屋上に真凛は居た
「ごめんね 呼び出して…」
「ううん …どうしたの?」
声のトーンが低くなったままの真凛に恐る恐る尋ねた
「さっきの話の続き…になるんだけどさ」
「うん…」
まあそうだろうなと予想していた話題がでてきた
「蓬はあの子と結婚するの… いやじゃないの?」
「……分からない」
私からしたら今朝、初めて会ったばかりの女の子にそんなことを言われて嬉しいか嬉しくないか、嫌か嫌じゃないか、好きか嫌いかなんて分からなかった
「でも… 急に結婚っていうのはちょっと…」
自分の人生の転機とも言える結婚をそんな簡単に決めるのには抵抗がある
それに結婚で人生が変わるのはユゥさんも一緒だ
だから中途半端な答えはよくないと思う…
「ならさ…」
真凛は深呼吸をして目を閉じた
それからゆっくりと目を開けて言った
「アタシと付き合うってのはどう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「え!?」
真凛の突然の告白を受けて停止した思考
現実では三十秒にも満たない間だったが体感では五分以上経っていた
それほどまでに彼女の告白は衝撃的だった
「私と真凛が付き合うって… なぜ?」
至極当然の問いを投げかける
しかし言った直後に真凛にとってかなり失礼な発言だったことに気が付いた
「あ、ごめん 真凛と付き合うのが嫌とかじゃなくてその…」
「こっちこそごめん 色々端折りすぎたわ」
そう言って真凛はもう一度深呼吸をしてから話し始めた
「付き合うっていうより付き合ってるフリをするってこと」
「付き合うフリ?」
「そう! ドラマとかであるでしょ 親が勝手に決めた結婚に反対するために別の人と付き合ってるフリをするヤツ、あんな感じで蓬にも恋人がいるってことにしたら断りやすいいんじゃないかと思ってさ」
真凛の提案は私にとって突拍子もないものだった
恋人のフリでやり過ごすなんてフィクションの中でしかありえない話だ
でもいきなり幼なじみを名乗る女の子が転校してきてそのうえ結婚を迫ってくること自体、本来ならありえない話なわけで…
このままユゥさんからの申し出を断ることも受け入れることさえできない私にとって真凛の提案はまさしく蜘蛛の糸のような存在だった
「でも… 真凛はいいの? 仮にでも私と付き合ってることになったりして…」
真凛と付き合ってるフリをするということは真凛にとっても私と付き合ってるフリをするということになる
たとえ嘘でも私なんかと付き合ってるフリをするなんて真凛の負担が大きすぎるしなによりメリットがない
「そんなの全然気にしないよ! むしろ嬉しいっていうか…」
「嬉しい?」
「あ、いや これはその…… そう! 蓬の力になれるなら嬉しいっていうかそんな…」
途中から声が小さくなってごにょごにょと何かを言っているみたいだった
最後のほうの言葉は上手く聞き取れなかったけど真凛が私のことを助けようとしてくれてる気持ちは十分過ぎるくらいに伝わった
だから…
「ほんとに… 真凛がいいなら…… お願いします」
「いいの!?自分から言っておいてだけどさよくよく考えたら結構ヤバい作戦だよ!?」
「それでも 今の私には真凛しか頼れる人… いないから」
真凛を助けるつもりが真凛に助けられる
彼女のやさしさに甘えてる自覚がありながら私は真凛を頼ってしまった
「分かった… アタシ、頑張るから!」
光を取り戻した瞳で彼女はそう言った
34.5
言葉にした瞬間、心臓が飛び出たかと思った
どうしてこんなことを言ったのか自分でも分からなった
心が死んで肉体だけが生きているみたいな日々を過ごしていた
もう何もかもどうでもよかった
バンドもピアノも音楽すらもう本気でやめようと思ってた
それなのにあの嵐のような少女は現れた
雷光のように突然に雷鳴のような激しさで迅雷のような衝撃で彼女に迫った
本当ならそれすらどうでもよかったはずなんだ
それなのに肉体は勝手に動いていた
彼女だけは蓬だけは手放せなかった
私のものにならなくてもいいけど誰かのものになるのは嫌だった
渡したくなくて、取られたくなくて
このまま彼女まで失うぐらいなら死んだほうがマシだ
だから
勢いとほんの少しの勇気で言葉にした
断られたら飛び降りる それくらいの覚悟の告白
そしてそれは受け入れられた
受け入れられてしまった
喜びと戸惑いと嬉しさと罪悪感とそして気づいてしまった
『アタシは… 蓬のことが好きなんだ』
この気持ちに気づいた時からアタシの人生は
狂いだしていた




