第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第二十九節
彼女は救いです…
だからこそ丁重に迎えいれなければ
そう思っていたんですがね…
「どしたの?」
私たちに近づいてきた雛鳥さんは不思議そうにそう言った
「あ、あの…」
「あー なるほど…」
雛鳥さんは私が言葉にする前に何かを感じ取ったみたいだった
それから喪黒さんに近づくと
「これはこれは雛鳥様、まさか貴方までここにいるとは…」
「そっちこそ奇遇だね もしかしてこないだのアレで探りに来たのかな?」
二人は面識があるみたいだった
会話は聞こえるけどなんのことをを話しているのかさっぱり分からない…
「ええまあ その通りですよ 本部からの命令です」
「ふーん ならそのお偉いさんに言っておいてよ アンタたちの出る幕はないって『火葬屋』を寄越すぐらいなら『騎士』を連れてこいってさ」
「これはこれは手厳しい…」
ここから見ても喪黒さんは表情を変えていないけど声がさっきより低い気がした
「紫陽花さんの件で不信感を募らせているのは分かりますが… もう少し信用してほしいものですね」
「シアは関係ない それとこれ以上、ボクの管轄で好き勝手するつもりなら相応の対処はさせてもらうよ」
雛鳥さんの言ってることも分からなかったけどその言葉の圧はいつもの雛鳥参からは想像できないくらい重かった
言葉の意味ではなく声の形だろうか
まるで凶暴な動物に威嚇されたようなそんな圧力…
「さすがに貴方と一戦交えるのは遠慮したいですね… まあ分かりました 上には多少オブラートに包んだうえで伝えておきます」
「ダイレクトでいいんですよー 言っても理解できないだろうし」
さっきまでの緊張感は何事もなかったかのように消え去って二人の会話はそこで終わった
「あのっ 雛鳥さん…」
「それでは私はこれで失礼致します お時間とらせてしまい申し訳ありません ご協力感謝します 蚊帳ノ様…」
そう言って喪黒さんは駅のほうに歩いて行った
「いやー 朝から災難だったねー」
「あ、あの 雛鳥さんはさっきの… 喪黒さんと知り合いなの?」
さっきの会話…
親密というにはどこか攻撃的な感じもしたけど二人は初対面って感じではなかった
「ん? まあちょっとねー 家族ぐるみで付き合いがあるんだけど色々胡散臭い仕事してるからあんまり気にしないほうがいいよ」
「そう…なんだ…」
たしかに新聞記者にしてはおかしな点も多かったけど… 悪い人には見えなかった
「あ、それと…」
この間会った彼… 伊藤誠くん?だったかな
彼が亡くなったことを伝えようとして躊躇った
たった一度会っただけのそれもあまり良くない印象しかない人の死を聞いて雛鳥さんが木傷つくとは思えないけど
それでも多少はショックを受けるはずだ… 自殺ならなおさら…
「ごめん… なんでもなかった」
「そっか… まあ何かあったら言ってよ」
「…うん」
彼女のやさしさに甘えてしまっていることに罪悪感を覚えつつもそのやさしさがなによりも救いだった
それからやけに長い一日が過ぎた
朝の出来事が尾を引いて胸の中に霧がたち込める
思考が置いてけぼりになって体感では長く感じる時間に対して時計の針は足早に進む
気が付いた頃には放課後、部活の時間になっていた
「うん いい感じだね」
演奏が終わった直後、綾乃が言った
「そうだね、昨日のライブより音があってる気がする…」
「龍弥もほとんど練習来てなったのに昨日もそうだけど結構合ってるじゃん」
私と天城くんが口々に感想を言った
だけど大倉くんはどこか不満げな表情だ
「小林、お前はどうなんだ?」
「……」
「真凛?」
「……あ、えっと 呼んだ?」
私と大倉くんの問いかけに驚いたように真凛が言う
どこか思いつめたような暗い表情…
いつもと様子がおかしいのはその場にいた全員にとって一目瞭然だった
「お前は俺たちの… いや、自分の演奏をどう感じた?」
「どうって… 別にちょっとミスったけどまあまあいい感じなんじゃないの?」
大倉くんの問いかけに苛立った様子で真凛が応える
「俺から見ればほとんど弾けてなかったがな」
「なに? またダメだし?」
「違う できてないんじゃなくて弾けてないんだ」
「……」
真凛が黙り込む
そんなこと初めてだった
今までなら大倉くんから何か言われても反論してたのに…
「弾く気がないなら帰れ」
「ちょっと龍弥! それは言い過ぎじゃない?」
大倉くんが吐く強い言葉を綾乃が制止する
「…… ごめん 帰るわ」
「あ、ちょっと…」
綾乃の言葉になにも返さず真凛は鞄を持って足早に音楽室を出て行った
「ちょっと龍弥!」
「責めたいなら責めればいい ただ俺は」
「あのまま続けても真凛が苦しそうだった… だろ?」
天城くんは大倉くんのほうを見ていった
まるで大倉くんの考えが分かってるみたいに…
「とりあえず今日は解散にしようか この空気だとまたバンドが壊れかねないし」
「…でも」
「最終的に決めるのはバンドリーダーってことで 蚊帳ノさんどうする?」
私は突然呼ばれたことに驚きつつも良い助け船だった
このまま練習はできる雰囲気じゃないし真凛のことも大倉くんのことも気になる
けど、今日は一旦、練習をやめようとそう言おうとして言えなかった
まるで私の意を汲んだみたいな天城くんの言葉には救われる
「とりあえず、今日はやめにしたほうが… いい… と思う…」
「なら決まりだね んじゃ解散、解散 片付けと鍵の返却は俺がやっとくから三人とも、帰っていいよー」
そう言われて私たちは音楽室を後にした
大倉くんは足早に学校を出て行ったし綾乃もどこか気にかかるところがあったみたいだけどそのまま帰って行った
そして私は…そのまま回れ右して音楽室に戻った
29.5
放課後、その日は用事もなかったのでそのまま家に帰るつもりだった
「奇遇ですね」
「げっ 待ち伏せ?」
校門を出た直後、ふいに話しかけてきたその男に顔をしかめる
「連れませんね 雛鳥さん」
「アンタにそう呼ばれるのほんとイラっとするんだけど…」
「本名はなれなれしかったですか? ならせい…」
「ここでその呼び方したら殺すよ?」
悪ふざけが過ぎると本気で威嚇するもその男は悪びれる様子もない
それどころかかすかに笑ってこちらの反応を楽しんでるようにも見えた
「おー怖い怖い でもあなただってここで一戦構える気はないんでしょう?」
「そっちがその気なら別に構わないけど?」
「まあ あなたとここで殺りあっても無益な争いなだけですからしませんが」
始めからその気はなったと言わんばかりにかたをすくめた
本当にこの人とは相性が悪い…
「それでなんの用なんですか?」
「ああ、朝の一件のお詫びですよ あなたの領域を勝手に侵したことについてね」
男は珍しく頭を下げたでもそれは形式的なものだろう
だってこの男は彼女のことについては触れてこなかった
「蓬ちゃんの件については何も詫びなんだね」
「蚊帳ノさんでしたか? 彼女に接近した件は別ですよ 上からの命令だったので」
予想通りの切り返しだ
連中…『火葬屋』が彼女に近づいたのはその上の組織の命令だろう
そしてその後ろ盾がある以上、雛鳥からは攻め入ることはできない
「そっか… なら… 戦争しかないね」
「……それは 困りますね……」
男の声からはさっきまでの飄々とした態度を崩した
「朝も言ったけど上には適当に言っておいてよ そしたらボクもこれ以上威嚇しないからさ あんた達だって〇〇〇〇〇〇と一戦交えるとか避けたいでしょ?」
「あなたには敵いませんね… 今となっては…」
「一言余計だな~ まあそういうことだから」
彼女のその言葉を聞かぬ間に男は消えた
「上の連中も蓬ちゃんを必要としてるってことか……」




