第一章 二千十八年の君へ 第七節
それは現実でもあったかもしれない一幕
これが後の大事件の始まりなのだとこの時は誰も知る由もなく
時を少し巻き戻し、新入生歓迎会直後の生徒会室
重苦しい沈黙の流れるこの空間に8人の生徒がいる
そのうちの3人は生徒会、あとの5人は今回の戦犯とも言える音楽部の生徒だ
「あのー 今回はどういったご用件でお呼び出されたのでしょうか?」
桜水高校音楽部「写ルンです」こと二年生バンドそのボーカル兼バンドリーダーである
蓮見恋が口を開いた
「どうもこうも随分と白々しいな まさか自分たちのしたことすら分からないのか?」
怒りを通り越して呆れたような声音で語るメガネの男 ぱっと見だと書記か会計のような風体の彼こそ生徒会長である大道寺司である
「いやーもちろん分かってますよ…あれですよね事前に新歓ライブで使う予定だったステージから勝手に新入生の背後に場所変更した的な…」
自分でも口に出すのが恐ろしいと感じる程の罪状を裁判長(生徒会長)の前で告白する
「それしかないですね というかわざわざ会長が時間を作って謝罪の場を設けて下さったというのに、自分から謝罪の言葉を述べるのが筋なのでは?」
「セラミック包丁みたいな切れ味で刺してくるじゃん…」
メガネをかすかに上げながら『それが何か?』と言いながら見つめてくるのは会計の田村松子だ
「なに? つい最近、ウチを抜けたからってもう生徒会ズラ? さすがにうざいんだけど」
ちっちゃい見た目で頼もしい味方、双葉桜が応戦してくれる
「まあ勝手にステージ変更してきたこいつは論外だけど」
違った ていうかそっち(会計)に応戦するの?
「いや、ほんとすみませんでした~ はいこれでおしまい」
「あんたは黙って!」
「そうですねあなたにこの場での発言権は与えられていません」
無理やり割り込んで話しを終わらせようとした男、吉田彰に流れ弾
瞬間、『こわ~』といって即退散… 負けるなよ!?
「そもそもだ」それまで黙り込んでいた生徒会長が口を開いた
「急なステージ変更のせいでただでさえ押していたスケジュールが大幅に遅れた それに後片付けもだ この責任はどう取るつもりだ?」
そう言ってバンドリーダー兼部長の私を睨んだ
「スケジュールが押してたもなにもたかが5分かそこらでしょ?」
「それに片付けも会長たちは参加してない」
最後の切り札であるドラムの玉木大智とキーボードの梅田花音が切り込んだ
「たかが5分だろうと遅れは遅れだ 社会人なら信用問題になるぞ」
「それに私たちはきちんと持ち場の後片付けをしてからこちらに来ています」
こっちが二人なら向こうも会長と会計の二人で迎撃に来た
「勝手に社会人とか話しを飛躍させんなよ」ギリギリ聞こえるぐらいの声量で玉木が呟く
花音は黙ったままだった
いやそいれだけ!?
このバンド、レスバ強いの桜しかいないの!?
「責任取れって言ってもどうするつもりですか? さすがにこれで廃部とかいくら何でも生徒会の権力以上の横暴ですよね? それとも恋のこと謹慎処分にでもしますか?
あ、そっちのほうがムリゲーか」
やばい 桜が煽りまくってる このままだと廃部にされるよ? マジで
「あまり生徒会を舐めないほうがいい その気になれば今回の件で廃部にはできる」
「どうしてですか~ 僕たちそんな悪いことしてないですよねえ~」
かなり棒読みで吉田が口をはさむ
火災現場にガソリン撒くなよ……
「本来の予定と場所が大幅に変わったことに加えてあらかじめ申請されていた機材の音量よりもだいぶボリュームを上げていましたね そのせいで近隣の住宅から3件の苦情がきています。 特にベース」
そう言って松子が吉田をみやる
この件については私も初耳だった、生徒会からは音量について幾度となく注意されていたけどまさかそこまでとは
「ヤバ さすがにアンプのボリュームMAXはやりすぎたか……」
「なにしてくれてんの!?」
思わず叫んでしまった そもそもベースは他の楽器に比べて音が広範囲に響きやすいのだ
実際、去年の文化祭でも屋外ステージでライブしたらベースの音がうるさいと苦情がきて中止になったし
というかそれ以来、生徒会は音量について厳しく指定してくるようになったのだ
「いや、だってさ音量上げないとドラムに負けるし それに聞こえないと目立たないじゃん?」
悪びれることなく言い切ったよ コイツ……
「おいコラ だからスネアのスナッピーがやたら震えてたのかよ」
「あ、マジ? ごめんメンゴメンゴ でもまあ同じリズム隊なんだし許して♡ 」
「喧嘩売ってんのか?」
なんかまた別の争いが生まれてるしめちゃくちゃだよ……
あ、もしかしてこれで今回のことうやむやに
「で廃部にするんですか?」
ならなかった しかも桜が話題戻してるし
「もうこのままやり合うのも不毛なんでこの辺で決着つけませんか?」
「それはなんのだ?」
「生徒会と音楽部の確執です」
あれ?部長は私なのになんか副部長(兼私の彼女)と生徒会長でとんでもないこと始めようとしてない?
怖いんだけど
「別に俺は音楽部を廃部にするつもりはなかったがそちらがその気なら廃部もやむなしか」
あ、終った……
しかしこの危機的状況を覆した人物が一人……
さっきから沈黙を貫いていた人物……いや違う
「ぷっ ははははっ」
こちらをじっと見つめ笑いをこらえてるだけだった
「なに? 急に 今、会長が真面目な話しをされているのだけど」
「ああごめんごめん そこの部長さん見てたらっ はは マジでっ ぷっ思い出しちゃってさ ぷぷっ」
「なにがそんなにおかしいのよ……」
まったくだ 人の顔を、それも現役女子高生の顔を見て笑うとか最悪過ぎる
その生徒は目元を拭いながら言った
「いやーだって新歓ライブでう、う、写ルンですとか言ったんだよ?」
は?は?は? 瞬時に再生される黒歴史、それは新入生歓迎会で行なったライブで前日に徹夜で考えておきながら盛大にすべったバンド名のことで
「いやーーーーーーーーーーーーーーーーー」心の中で絶叫した
「ほんとになんなのあなた ツボが浅すぎない?」
松子が冷静にツッコミを入れる やめて私にもダメージが……
「それは同感ね あのバンド名はないと思うわ」
桜まで刺してくるじゃん! 私の彼女なのに!?
「まあ冗談はさておきさ ほんと滑稽だよよねー こんだけ状況的には不利なのに生徒会に歯向かうとか」
急に冷めたような笑みを浮かべてその生徒は言い切った
「どういうつもり?」
「いやそのまんまだよ~ ステージの変更に音量のクレーム、あとついでに5分の遅延ね。
状況的にはこっちにとって役満じゃない?」
そのせいとはさっきまでと別人のように理路整然と罪状を並べた
「まあボク的にはどーでも良いけどね」
どことなく中性的ででもはっきりと女の子とわかるその生徒はそれ以上のことは口にだそうとしなかった
「それで? どうする? こちらはすぐにでも廃部の手続きを」
万事休すかと思ったその時、ふいに生徒会室の扉が空く
「ああやっぱここだったか」
「誰だ君は? 悪いが今は立て込んでいるんだ生徒会に要件があるなら一度出直してもらって……」
「ああいや俺が用事あるのはそこのバカ共です」
なんかひとくくりにバカ共って言われた! ひどい!
「なら申し訳ないが今日はムリそうだな 彼らはこれから重要な話しが」
「一応、無関係じゃないですよ 音楽部なんで」
「なに? ではなぜいまさら」
「同じバンドじゃないからですよ それに今回のライブの件は何も知らなかったです。
幽霊部員なんで」
なにひとつ物怖じせずに淡々と話す
「ほう で幽霊部委員がなんの用かね?」
「体験入部に一年が来たんですけどそいつらいないと何もできなくて、とりあえず今日はナシってことにしたのでその報告とできないならちゃんと連絡ぐらいよこせって言いに来たんですよ」
あ、加勢しに来てくれたんじゃなんだ……
「そうか 要件が済んだのなら帰りたまえ」
「ああ あとこれで責任問題はチャラで良くないですか?」
「なに?」
生徒会長と同時に私の頭にも疑問が浮かんだ
「今日と明日、それから文化部の土日の活動は認可制なのでトータル4日」
「それがどうした?」
「その期間の体験入部の禁止で良いんじゃないですか?」
「それだけで今回の件が片付くとでも」
すかさずその言葉の続きを遮る
「今回の件、まあ確かに前面的に悪いのこいつらですけど一番の問題は音量のことですよねならその件は半年間の音楽室以外でのライブ禁止にしてあとは四日間の体験入部禁止で良いでしょう? 普通の謹慎と違ってこの時期は新入生の書き入れ時だから十分に部としての損失かつペナルティになる」
ん? なんて? 体験入部禁止?
「それと呼び出しはともかくとして体験入部できないのが分かっていながら放送も入れずに一年を音楽室で待たせてたのには生徒会の責任もあると思いますよ。俺が部員であることもそこの『会計』以外は把握してなかったみたいだし」
「…………分かった 今回に限りその処分で手を打とう」
少し考え込んだのちに生徒会長は頷き、私たちは晴れて自由の身となったのだった
「いやー助かったよ惠」
私は改めて音楽部の最後のメンバーである竹本惠にお礼を言った
「別に、だいたいお前らがあんなバカなことしなければ良いだけのことだろ」
「反省してます……」
私はうなだれながら言った
「でも音漏れは吉田のせいだよね!?」
あたりをみやるがリズム隊はそそくさと帰っていた
「男子は全員帰ったようね」
「だな じゃあ俺も音楽室に行くかな」
「禁止になったんじゃないの?」
「体験入部がだろ? 別に正規の部員なら構わないだろ」
部活動ではなく体験入部を禁止にしてるあたり抜け目がなかった
「ところでなんで制服がズボンなの?」
「ああ、気まぐれだよ いつものな」
そう言って足早に音楽室へ向かうのだった




