第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第十四節
これからご覧に入れますのは雨のように消えて逝った
ある魔女の御話…
「雨は好き?」
未だに彼女のその言葉を鮮明に覚えている
しとしととあるいはざーざーと振り続ける雨を見て彼女は言った
「好きなわけないだろ …だいたい雨が好きな奴なんているのか?」
「私は好きだな~ 夕方に降る少し小ぶりな雨」
おかしな女だと思った
というか最初からこの女はどこかおかしかった
こんな廃墟になった誰も寄り付かないような古い劇場に足しげく通うなんてどうかしてる
それを言ったら自分もそうだ今は置いておく
本当にどうしてこうなったのか…
五月蠅くて(うるさくて)耳障りな雨の音の中で記憶を辿る
大倉龍弥は極めて恵まれた家庭に生まれた
父は地元ではそこそこ有名な開業医の跡取り、母は中学校の教師だ
二人いるうちの一人の叔父は弁護士をしておりまさしくエリートの家系だった
そんな大倉家に生まれた一人息子だったからこそ幼い頃から大切に育てられた
将来は医者になってゆくゆくは祖父と父の跡を継いで病院を担うのだと言われてきた
教育熱心な母の影響で勉強だけでなくスポーツに芸術、音楽あらゆる英才教育を受けた
そんな傍から見たらどこまでも恵まれた彼は中学に上がるとほぼ同時にグレた
「おい聞いてるのか大倉! まったくなんだこの進路希望は?」
「……」
「なんで高校進学を希望しないになってるんだ! こんなんじゃ来週の三者面談ができないだろうが」
「…」
「っ…黙ってても分からなんだよ どうしてそう思うのかを説明しろって言ってるんだ」
怠い ただただ怠かった
進路希望なんてこの学校じゃ関係ない… そもそもウチの家系ではそんなものは始めから決まってるというか決められていた
公立より私立のほうが荒れていないからと都会人気取りの母親に入学させられた私立中
毎日のように勉強を強制されてやりたいことなんて見つからなかった
母親への嫌気と自分に無関心な父への反抗心からこうして一人で生きる道を選ぼうとしたのに…
今度は担任に邪魔された
「大体 今の時代、中卒で雇ってもらえる企業なんてほとんどないんだぞ 内部進学なら受験も必要ないしお前の学力だと不安は大きいがとりあえず高校に行ったらどうだ?」
「とりあえずってなんですか? やりたいこともできないのにそれが分かっていながら時間を無駄にする意味あります?」
「じゃあやりたいことってなんなんだ?」
「音楽… それか絵を描いて食っていきます」
結局、担任の説教はそれから一時間続いた
音楽や芸術で生活できるわけがない、中三ならもっと現実を見ろと言われた
正直、まったく響かなかった
あの担任は自分を医者にしたいだけ… なぜなら俺の親がそれを望んでいるからだ
本当にクソだ 結局、生徒のことなんて何も見ていないのがバレバレだ
これだから大人なんて信用できない…
このまま家に帰っても今度は母に同じ話を聞かれるだけそれならもっと有意義に時間を使うことにした
電車を乗り継いでかなり大きな駅の正面、繁華街の路地裏を抜けて古びた映画館に入る
ここはもう一人の叔父、唯一自分が信用している大人から教えてもらった場所だった
その人は医者の父や弁護士の叔父と違って四十代を過ぎた今でも売れない漫画家を続けている
バイトをいくつも掛け持ちしてなんとか食いつなぐ日々、家族はいなくて親戚からは見放されていたがそれでも好きなことで生きていく姿は自分の目に輝いて映った
だから嫌なことがあった日はここに来る
鞄をおいてアンプの電源を入れてベースを持つ
叔父にベースを教わりそれからこの近くで何度かバンドに入ったが長続きしなかった
どのバンドも自分の求めるものではなかっただから今では
一人でやるのが一番楽しい
それが自分の中での答えだった
ベースを描きならす スラップにゴーストノート、今ではだいぶ上達した
無駄な勉強時間を全てベースに費やしたから当然だ
ただこのアンプから出る重低音が気持ちいい
一人で高揚感と絶頂に浸っていると背後から拍手が聞こえた
「キミ中学生? すごいね!」
その女からは雨の匂いがした




