第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第三節
あの雨の匂いを溢さぬように
中庭に出るために履き替えた外履きをもう一度、うち履きに履き替える
竹本先輩に言われるがままに音楽室に移動した
誰もいない音楽室にただ一人
さっきまで綾乃や真凛それに大倉くんと天城くんもいたのにまるでずっと昔のことみたいに感じた
でもみんながここを出て行ってバラバラになったあの瞬間は脳裏に焼ついていて…
今にも消えてしまいそうな感情の中で私は立ち尽くしていた
「お待たせー って蓬ちゃん一人!?」
音楽室の扉が開き、蓮見先輩が入ってきた
「あ、えとその…わざわざすみません… 来ていただいて」
「いや 全然、なんか惠に後輩の面倒ぐらいちゃんと見ろって言われてさー なにかなーって思ったら蓬ちゃんたちが悩んでるって聞いて… 私のせいでなんか急にライブとか出ることになっちゃったしできることならなんでも手伝わないとなって」
少し早口になりながら先輩は言った
それから私のいる音楽室の奥、ちょうどアンプのあるほうにやってきた
「あーその とりあえずバンドで色々あったんだよね…」
「あ、えと…」
「まあまずは話し聞くからさ、座って」
先輩に言われるがまま私は椅子に座る
先輩も向かい合うようにして椅子に座った
「惠からはそれとなくしか聞いてないけど、あの怖い子になんか言われたんでしょ?」
「あ、はい… そのちゃんと練習してないって言われてしまって… もちろん練習してないのは本当なので… 私が悪いんですが… そのせいで天城くんと大倉くんは喧嘩になっちゃうし空気も悪くなって…」
気が付いたら全部話していた
自分でもここまで正直に話すつもりはなかったのに…
たぶん、先輩が人の話しを聞くのが上手いからだろうな
私は話してる間は口を挟まず聞いてくれるし、言葉に詰まっても急かさないし否定もしなかった だからきっとどこか安心してしまったんだと思う
話し終ったら先輩は頷きながら言った
「あのね、私が言えた話しじゃないんだけどさ…」
「はい…」
「蓬ちゃん悪くなくない!? てか悪いの大倉って子じゃん!? いやもとはといえば私のせいだし私が悪いんだけどさ!」
途中までやっぱり練習してない私が悪いとか言われれるだろうなと思ってたから驚いた
先輩の反応は完全にその逆、大倉くんに怒ってるみたいだった
「あの でも私は全然練習してないですし…」
「いやしてるじゃん!? 毎日、部活に来てるしちゃんとやってるよ!? だいたい見てよ二年の連中… あいつらまともに集まらないし音楽室もタダで使える貸しスタジオぐらいの感覚で来てるからね!? ほんとありえないわー」
なんだか途中から普段の愚痴みたいだったけど先輩はそこで我に帰ったみたいだった
「あ、えと とにかくね ちゃんと真面目に部活してる蓬ちゃんは責められていいわけないよ 入ったばっかで自分の楽器無くてここでしか練習できないのとか仕方ないし、そもそも一年やったってまともにできるか微妙なんだから焦らなくて良いからね!」
「でも ライブには出ないとで…」
「それは私が悪かった! ほんとごめん!」
思わず出た本音が地雷を踏み抜いていた
土下座する勢いで先輩が地面に手を着く
「あ、えと すみません 今のはその…」
「事実だから! あの後、桜からめっちゃ叱られたし、なんか花音も口聞いてくれないしさ しかも惠もLINE以外、全部無視するし…」
先輩たちは先輩たちで泥沼みたいだ
ごたついてるのが私たちだけじゃなくて安心してしまう…(最低)
「とにかくこのまま蓬ちゃんたちが酷いことになったままだと私と桜が別れることになりかねないからさ 惠にも言われたけど逃げ道を教えるよ」
「逃げ道…ですか?」
「逃げ道って言ったら聞こえが悪いし世のギタリストの皆さんに悪いけど裏技的な?」
そう言って先輩は鞄から紙とペンを取り出した
そしてなにやら紙に書きながら話す
「とりあえず教えられるのはパワーコードからかな 蓬ちゃんたちのやる曲見たけどあれならコード弾きよりそっちのほうが簡単だし」
「パワーコード…」
聞いたことのない言葉だった
双葉先輩からメジャーコードとかマイナーコードについては教わっていたけどパワーコードは自分で調べながら練習してても出てこなかった名前だ
「蓬ちゃんたちがやるのって『バン百合』のエンディングでしょ?」
「あ、はい…」
今回は初めてのライブなのと時間もないから既存の楽曲をカバーすることにになってる
最初は同じ『バン百合』の劇中歌の予定だったけど難易度が高すぎるって大倉くんに指摘されて比較的簡単な一期のエンディングテーマになった
蓮見先輩には曲名だけ伝えてたけど知ってたんだバン百合…
「私たちも一年生の時にやってさー コードだとFとか出てくるから大変なんだよね」
「ですよね 私なんてまだFコードも不安定で…」
ギター初心者に取っ手の第一関門それは、もはやギターやったことない人でも知っていそうなFコードである
簡単に説明すると親指を除いた四本全ての指でそれぞれ違う弦を抑えないといけない上にフレットの感覚が広くて指をかなり開かないといけない
しかも人差し指で六本全ての弦を抑えるセーハー(バレー)と呼ばれる演奏法がセットで入っているので指の抑える力がかなり必要なのも厄介なところだった
そしてこれを曲の中で何度も別のコードと切り替えながら抑えないといけない…
正直、こんなのできる気がしない…
「でもそれがパワーコードなら楽勝なんだなー」
そう言って先輩は立てかけてあったギターを手に取った
「これがパワーコード、人差し指と薬指で弦を抑えてるだけなんだけどこの状態で
鳴らすと」
瞬間、低くて思い音が流れた
先輩はそのまま私が練習してる曲のイントロを完璧に弾いてみせた
「すごい…」
「いやーそれほどでも…あるかもだけど 見てもらうと分かると思うけどパワーコードって同じ指の形のままフレットの位置、左手が抑える場所を変えるだけでいいんだよね」
そのまま私は先輩にギターを手渡される
「じゃあやってみよっか」
「はい…」
先輩に教わった通りに抑えてみる
Fコードと違ってセーハーしなくていいからだいぶ楽だったけど指の抑える位置は変わらないから指を開かなくちゃいけなくてなかなか上手くいかなかった
「うーんと あ! 親指の位置が少し上過ぎかも、もう少し下の方を握ってみて」
「あ、はい」
言われた通りに親指の位置を下げてみるとすんなりと抑えられた
「あ、え!?」
「やっぱりね 蓬ちゃん指長いしこれならFもいけるんじゃないかな? たぶん親指で六弦を添えてミュートしようとしてたんだろうけどこの形のコードは人差し指で触れるだけでもミュートできるから」
確かに先輩に言われた通りだ
コードによっては六弦が鳴らないように親指で軽く六弦を抑えてミュートするんだけどコードチェンジがスムーズにできるように親指の位置を六弦の近くで抑えたまま弾いていた
「この調子なら今日中に弾けるかもな… とりあえず指の形はそのままで抑える位置をずらしてみようか」
「はい」
それから三十分ぐらい先輩にイントロの弾き方を教えてもらいながら練習をした
コードで弾いてるときはミスばかりで碌に弾けなかったのに自分でも驚くほどちゃんと曲になってた
「うんうん いい感じだね それじゃあ次のステップいってみようか」
「はい!」
先輩は机に置いてある紙とペンを持ってきて言った
「じゃあ楽譜の読み方、教えるね」
「・・・はい?」




