第一章 二千十八年の君へ 第四節
アタシはただキミに笑ってほしかった
辛そうなその瞳を輝かせたかった
けれど無責任に人を救う代償はとても重く
やがて自分すら滅ぼすんだ
「ありがとうございました! 写っ 桜水高校二年生バンドでした!」
気が付いた時には演奏は終っていた
そして間もなく歓声と拍手が始まる 周りに同調するでもなく私は無意識に手を叩いていた
「えー トラブルもありましたが以上で今年度の新入生歓迎会を終了します。 新入生の皆さんはこれから放課後となりますが教室に戻って荷物を忘れないようお願いします。
それと本日から体験入部が始まります。 部活動紹介で気になった部があればぜひ足を運んでください」
そうアナウンスが流れたあと私たちは一階の各々の教室に戻り荷物を取る
そしてある人はグループである人は友達とそしてある人は一人で各部活の活動場所へ向かった もちろん体験入部のためだ
でも私はそのまま帰る 最初から部活なんて入るつもり無かったし
一緒に見て回る友達もいないし
そんなことを考えながらあるいた末に私は
音楽室の前に立っていた
音楽室、桜水高校の音楽部の活動場所
入口には、ようこそ(軽)音楽部へと書かれたポスターが貼ってある
鍵は掛かったままで中から音もしない
なぜここに来たのか?
その答えは私にも分からなかった
バンドを組んで陽キャにでもなろうとした? 違う
昔の記憶を思い出してアニメに触発された? 少し違う
ギターに心を奪われた? そうかもしれない
ただあの時の熱に侵されたまま勢いだけでここまできた私は深夜テンションから目覚めて冷静になり自分の書いたポエムを読んだときみたいなもっと分かりやすく言うなら
いっそ死にたい 誰か殺してくれ そんな気分だった
そもそもこんな陰キャがギター弾いていいわけないじゃん
きっと他の入部希望者や先輩たちに
「あ、なにギターやって目立ちたいとかモテるかもとか思ってきたの? キッショ」とか
「陽キャになるためにくるとかバンド舐めてんの?」とか言われるやつじゃん
純粋に音楽したいギターやってみたいで来てもこんな陰キャコミュ症ぼっちだとそういうふうに見られるし、そもそも意識とかレベルが違い過ぎて惨めな思いをするだけじゃん
入学ギリギリまで高校デビューしようとして勇気が足りずに結局、中学と大して変わってない私には無理……
むしろこんな人外魔境にまでレベル1で突入した勇気を褒めるべきだよ
こんなところにいちゃいけない
今なら電車にも間に合うしこのまま帰ってアニメでも観よう
新たな決意を胸にこの音楽室(人外魔境)から回れ右して帰ろうとしたとき
「あれ? もしかしてまだ誰もいないかんじ?」
独り言にしては大きな声で金髪の彼女 小林真凛がやってきた
「やっぱ早すぎたか~ ん? あれ誰かいるじゃん! 一年生?」
「ええっと あっ はい」
「なになに君も軽音部見に来たの?」
「まあ その……」
ヤバい ギャル語だ(ちがう)
ものすごい速度で距離を縮めてくる こっちが亀なら向こうはジェット機ぐらいか?
ていうか物理的な距離も近いし なんかいいにおいする
いくら私が女の子だからって近すぎないかな?
普通に顔当たりそうだし
「むむむ あれもしかして」
やば 同じ中学だったこと気づかれた!?
このままだと私の黒歴史が学校中の噂になって不登校からの高校中退コースに
「やっぱそうだ 同じクラスの ええとなまえなんだっけ?」
「へ?」
どうやら同じクラスであることを思い出したようだった
危ない危ない 高校中退コースは回避できそうかな
だが今度は別のコミュ症トラップが発動する
「んで名前ってなにちゃん? アタシは小林真凛だよ~ てかごめんね同じクラスなのに名前覚えてなくて いつも窓際の席にいるかわいい子ってとこまでは思い出したんだけどさ アタシバカだから人の名前あんま覚えられないんだよね~」
「いや、そんなことは」
あまりのスピードに名乗るタイミングを落としそうになる
「蚊帳ノ蓬です」
「あ、そうだカタノちゃんだ」
「え、あ、えと」
なんかカヤノからカタノに改名された ギャルの能力凄い
「カタノちゃんはさなに希望なの?」
「ええと 一応、ギター です」
「え! マジ! 超意外なんだけど」
「あ、いやすみません」
すごく驚かれた やっぱ私なんかがギターやっちゃダメなんだ
「なんで謝るの? かっこいいじゃん」
「あ、その 私ごときがギターやりたいなんて 未経験ですし 音痴だし」
「音痴は関係なくない?」
「すみません」
やっぱりコミュニケーションは苦手だ
そもそも小林さんみたいな陽キャ軍団についてけるはずないしやっぱり諦めよう
小林さんは突然私の顔を両手で押さえてじっと見つめてきた
「な、なんですか あ、いやすみません」
「いや 顔、ちっちゃいなーってさ いやちがうんだけどね」
手が暖かい 優しく触れられているのがわかる
自分より背の低い私に視線を合わせてくれてる
中学の一件で家族とすら目を見て話せない私に視線を合わせてくる
人の目を見るなんて何年ぶりかな
「私さ 結構、思ったこと口に出すから嫌な思いさせてたらごめん でもね私が言いたかったことはキミがギター弾くのが間違ってるとかおかしいとかじゃなくて ほんとに凄いなって思ったの」
なにを言ってるんだろう 私がギターを弾こうとしてるのがすごい?
「蚊帳ノちゃんていつも自分の席で本読んでるけどそんな大人しい子がこんなあたしみたいな人しかいないところに来たのってすごい勇気がいることだと思ったし それって今の自分から何かを変えようとしたってことでしょ だから私はキミを嗤わないしもし馬鹿にするやつがいたら本気で怒る だから その 諦めないで」
どうしてかな
胸の奥が暖かい
今まで苦手だと思ってた人がこんなにも良い人だと
勘違いするな
心の奥で声が響く
お前が心を赦したところで相手が自分に取って都合の悪い人間になった時、お前はその人に絶望する 失望する
それまで自分がしてもらったすべてを忘れて裏切られたと想う
お前みたいなクズが誰かに心を赦すな
あるときから芽生えていた心の声が私を刺した
「カタノちゃん?」
「あ、そのありがとうございます。 でもなんというか」
これ以上ここにいてはいけない 適当な理由をつけて帰ろうとしたとき彼女はそこに現れた




