第一章 二千十八年の君へ 第三節
あの日、私を貫いた二つ目の運命は今もなお私を此処に縛り続けている…
昼休みも終り、私たち新一年生は体育館へと集められていた
新入生歓迎会 この学校の生徒会が主体となって行なわれる年間行事の一つ
今年度最初の学校行事らしく生徒会や各部活動が新入生獲得に向け準備を進めてきたらしい
桜水高校では部活への参加は自由になっている
私が3月までいた中学ではこのご時世にしては珍しい強制入部制になっていて
身体のことで運動部への入部を禁止されていた私はやむなく文芸部に入っていた
まあ真面目に部活に参加してたせいで部長までやることになったり
そしてそれでまた人間関係のトラウマが増えたり……
そんなこんなで高校ではもちろん帰宅部にするつもりだ
新入生歓迎会は時間通りというか少し早くプログラムが進んで行った
学校行事の説明や授業内容の説明(二回目)それと校則の説明(三回目)
この日のために準備してきた生徒会の皆さんには申し訳ないけど正直、これまでに何度も説明を受けた話の繰り返しに感じてしまったり
まああと陰キャかつコミュ障でボッチな私は体育祭はおろか文化祭も怠いイベントなわけで(むしろ文化祭がトラウマ)
学校行事の話を聞くたびに憂鬱な気分だった
「以上で生徒会からの説明は終りです。続きまして部活紹介に移ります」
司会を務めていた生徒会の人が告げるとステージ上で準備が始められた
「始めに運動部の紹介です。 まず最初に陸上競技部の皆さんお願いします。」
「はい!」
元気の良い返事とともに男女混合で陸上部の説明が始まる
私には関係のないセカイか…… ふと寂しくもそんなふうに思う
生まれつき心臓に病気があって何度か手術もした私は主治医の先生から激しい運動は止められている
その代表的な一例が運動部だ
まあそもそも陰キャでコミュ力のない私じゃやっていけないだろうけど
誰かと一つの目標に向かって努力したり競い合う姿を羨ましく思ったことは…
何度かある
でも病気のことでなにかを諦めてるなんていうのは私以上に辛い病気に苦しんでいる人たちに対してとても失礼なことだと思う
私なんてちょっと人より弱いだけで生きることにそこまで支障は無かったし
家族にも恵まれたから普通に生活できている(お父さんのことは別だけど)
それにあんまりこのことを話すとお母さんが悲しむから
芸能界とかと一緒で生まれた時点で一生、縁も関りも持たないセカイだと割り切ることにしている
そのほうが少しだけ楽だからそんな感じでいつものひねくれた現実逃避でやり過ごすと次は文化部の番になった
そもそも入るつもりはないけどもし入るならというか入れるのは文化部か生徒会のみ
いや、吹奏楽部も基礎連で走らされたり肺活量とかの問題で止められてたな
まあいいや どうせどこにも入らないんだ
文化部は吹奏楽部を始めとして演劇部や文芸部、調理部と手芸部は一緒になっていた
あとは将棋同好会とか人数が少なくて正式に部活認定されてないところもあるみたい
とまあ一通り紹介が終ったところで生徒会の司会の人が切り出した
「ええっと最後は音楽部なんですが 少々準備に時間がかかりますのでしばらくお待ち下さい。」
音楽部? さっきやった吹奏楽部となにが違うんだろう?
部活ということはある程度の人数がいるはずだけど……
なにやら生徒会サイドでは揉めている?ようなやり取りをしている
ステージじゃないのか?とか そーゆーことはもっと早く伝えてくれとか
なにやら騒がしかった
ドン
雷鳴のような爆音が背後から響き渡る
その瞬間、生徒たちは一斉に後ろへと振り返った
中央に置かれた赤いドラム 誰がどう見ても先ほどの雷鳴の正体はその巨体であって
その斜め前にマイクを片手に持った女子生徒が立つ
制服を大きく着崩して 耳にはピアス 髪も染めている
両脇にはギターを持った男女が どちらかはベースなのだろうが分からない
そして一歩下がってキーボードだ 華奢な見た目の女子生徒だった
「はぁ」と小さな吐息がこぼれる
キーンとマイクのハウリングが鼓膜を突き刺した
でも今はそれすら心地よくて
「はじめまして 写ルンです……です」
お腹の底にまで響くような声で中央の女性は叫んだ
「えっちょっとリアクション薄くない? 昨日徹夜で考えてきたバンド名なんだけど」
「いくら新歓用の即席バンドだからってそのネーミングセンスはないでしょ」
ギターの女性がツッコミを入れる
まあ確かにステージじゃなくていきなり背後から爆音で登場して驚いたってのはあるだろうけどなぜ写ルンです? 即席バンドだからインスタントカメラから取ったのだろうか
「いやだってそれは桜がバンド名ぐらい考えてこいって……」
「だからって『最高のバンド名思いついたけどみんなを驚かせたいから直前までヒミツね』なんていわれて飛びだしてきたのがこんな下手なおやじギャグより寒いバンド名なんて思うわけないじゃない」
なんだろうこのコント感 絶妙に息ぴったりだな
「はいはい 痴話げんかだか夫婦漫才だかはそこら辺にして 急に場所変更したせいで生徒会長ブチ切れそうになってるからさ」
長身の(たぶんベース?)を持った男性がなだめる
マイクのスイッチがオンになっているのか声はダダ洩れだ
気になって少し後ろを振り返ると凄い形相で司会の人が睨んでた
あ、生徒会長だったんだ てっきり書記か会計とかかと思ってた(なんかそんな顔だし)
「とにかく今日はみんな集まってくれてありがとう!」
「いや新歓だから一年は強制参加だろ」
ボーカルのお姉さんにドラムの男性がツッコミを入れる
座高が低いのか姿は見えない
「と、とにかく時間も限られてるからいけて二曲……いやなんか会長どころか会計担当も切れてるから一曲で!」
あれ? やっぱりさっきの人が会計?
「今回はマジの即席なんで はやりの曲カバーします。 聞いてください……」
曲名は英語だった ただお姉さんの発音が良すぎて聞きとれなかった
瞬間、さっきと同じ雷鳴のような音
お腹の底まで響くような轟音に打たれた
そして続くギターやベース、キーボード
流行りの曲なんてまともに知らないけどとにかくロック(素人目線)なイントロだった
そしてお姉さんは大きく息を吸い込みそれを唄声とともに吐き出す
とても綺麗な透き通るような唄声で……
違う
放たれたのはもっと重く低い声いわゆるデスメタルだった
あまりの衝撃に自分の五感すべてを疑った
かっこいい系の でも探せばどこにでもいそうな普通の女子高生
そんな彼女から繰り出される咆哮
音楽なんて ましてやロックとかヘヴィメタとか碌にしらないけどさ
これはヤバい
脳全体が揺れる
絶叫マシンみたいな感覚(乗ったことないけど)
しかもギターとかドラムも凄い
私にもできるかな……
いやいやいやいや何を考えてるんだ蚊帳ノ蓬
ああいうのは一部の選ばれた陽キャのすることであって
私みたいな陰キャには無理……
思い出す
あれは小学校三年生の春、ちょうどゴールデンウイークに盲腸になり
あと半日遅ければ死んでいたとまで言われて緊急入院&手術
お医者さんの想定以上に悪化していて長引く入院
まともな食事もとれなくて病室でいつも泣いていた私に普段は別居してて一緒に暮らしてないし、会うことも少ない父がお見舞いに来てくれたあの日
携帯ゲーム機の録画機能で再放送してた深夜アニメをみせてくた
廃校寸前の学校を女子高生がバンドを組んで存続させようとする話
昔のこと過ぎてストーリーは覚えてないけどただ一つ
そこにでてくるギターボーカルの子の姿
かっこよくて かわいくて
私もいつかあんな風になりたいと思ったんだ
きっとこの時から私はギターという存在に運命を感じそして導かれていたのだったんだろう




