第二章 コミュ障陰キャぼっちでもバンドは組めますか? 第十三節
あなたが私を救ってくれた…
翌日、昨日と同じ時間に私は交流スペースへ移動した
昨日、知り合った女の子、あの子に会うためだ
でも改めて考えるとあの子に会うことを少し不安にも思った
昨日はちゃんと話ができたけど今日は昨日みたいにお話できるかわからないし
それになにを話したらいいのかも分からない
学校でだってクラスの子とおしゃべりすることも遊ぶこともないからどうしたら正解なのかがわからない
そんなことを考えながら歩いていると交流スペースの入口の前であの子と出会った
「あっ」
なんて声をかけていいのか分からなかった
「……おはよ」
「あっ えと おはようございます…」
彼女は少し視線をあげて声をかけてくれた
「早かったね もう少し遅いかと思ってた」
「あっ うん まだ早いかなって思ったんだけどなんだか落ち着かなくて…」
病室の中で寝ていても彼女のことが頭から離れなくて少し早く出てしまった
ほんとは交流スペースの中で物語を書きながら待つつもりだったけど彼女も少し早く来てくれたみたいだった
扉を開けて中に入る、交流スペースにはもうすでにニ、三人の子ども達がいた
私たちは昨日とおなじ隅っこのテーブルに移動する
彼女は車イスのままテーブルの近くに止まって、私はイスを持ってきて向かい合うように座った
「あ、えと」
なにを話したらいいかわからない
でもせっかくここまで来たんだからちゃんと話さないと
「ねえ 注射は嫌い?」
彼女は唐突に話し出した
「あ、うん 苦手…かな」
「だよねー あれってほんとにイヤ なんで点滴してるのに注射までしないとなんだろうねー」
頬を膨らませて彼女は話す
「だいたいさ、注射なんて普通なら年に何回かしかしないんでしょ? なのに私はほぼ毎週だよ… ほんとイヤになるよ…」
「毎週なんてすごいね… 私なら我慢できないな…」
「そりゃそうだよ 毎回痛いし、腕に針のあとが残りまくるし…」
そう言って彼女は自分の左腕を右手で抑えた
「痛いのはイヤだよね」
「そうそう そっちは何か入院しててイヤなこととかなかった?」
「あー 手術した後に管とか針を抜かれるのは痛くなかったけど怖かったかな…」
私の盲腸は手術する前に破裂していたらしく中から出た膿を取り除くために手術で付けられたお腹の管から小さな袋に膿が溜まるようになっていた
その管を取り除くために先生と看護師さんの二人がかりで直接、引き抜かれたことを思い出す…(麻酔なし)
痛くはなかったけどすごく気持ち悪い感覚だった…(しかも二本)
それと手術の時の傷跡を止めていた医療用のホチキスの針を抜く時も最悪だった
糸?を抜くよりも痛くないらしいけど少しだけチクチクして気持ち悪かった
もちろんこっちも麻酔なし
まあ一番、辛かったのは尿道カテーテル?てのを抜くときでアレは本当に痛くてしかたなくて…
とにかく痛いことしか頭の中になかったけどよくよく考えると結構、恥ずかしい恰好だったんだよね… (だから言わなかった)
とここまで思い返して気が付いた
あれ これって結構、グロテスクな話なんじゃない?
「あ えと ごめんね変なこと言って…」
「手術したの!?」
「え、ああ うん…」
彼女はなぜか表情が明るくなって食い入るように話してきた
「私もちょっと前に手術したんだけどさ あれってほんとイヤだよね」
「え、ああ そうなんだ でも…たしかに」
自分と同じぐらいの歳で手術したことある子なんて初めて出会った
「入院して長いの?」
「あ、私は一週間ぐらい前に来たばかりだよ…」
「そうなんだ~ 私は七歳ぐらいから入院したり退院したりしてたけど、自分が手術したのはここ最近だし交流スペースに来る子で手術したって子はそこまで見かけなかったから新鮮だな~」
七歳から入退院を繰り返してた…
私も年に何回か心臓のことで診察に来てたからもしかしたらどこかですれ違ってたのかな
「入院したのは初めて?」
「あ、ううん あんまり覚えてないけど生まれた頃から心臓に病気があってそれで手術したこともあったから小学校に入る前ぐらいは何度か入院してたよ」
「そうなの!? 心臓の病気って大丈夫?」
すごく驚かれたし心配させてしまった…
「あ、うん そっちはもう治ってるよ… 年に何回か定期的に診てもらってるだけで」
「そうなんだ」
彼女はどこかほっとしたように口にした
誰かを心配できるなんてきっと優しいんだろうな
「ところで ここの病院のごはんて美味しくない?」
「あ、わかる…」
高田さんも言ってたけどここの病院食はバリエーション豊かでとても美味しかった
通常食が食べられるようになると毎食、三パターンのメニューから選ぶことができたし
普段、食べられないような珍しい料理も出てきた
正直、入院中の唯一の楽しみ…
「他の病院にも居たことあるけど、味が薄かっりメニューがワンパターンなんだけどここはすっごく美味しいんだよね~」
「そうなんだ…」
「特にドライカレーは最高だったよ 明日のメニューにあったからもしよかったら頼んでみて」
「うん… そうしてみる」
なんだかここに来るまでの不安が嘘みたいに楽しかった
まるで友達とおしゃべりしてるみたいだった
「ねえねえ、病室では暇なときなにしてるの?」
「テレビとか見てるよ アニメとか…」
「アニメ!? 私も好きだよ どんなの見てるの?」
誰かとアニメの話をしたのもこれが初めてだったな
お互いに好きなアニメのジャンルが似てたのもあってすごく盛り上がったんだっけ
そこで私はあの子に『バン百合』を勧めて、彼女はすごく興味を持ってくれた
そんなかんじで私と彼女の交流は続いた
その日は私のほうが少し早く交流スペースに到着した
彼女はまだ来ていない
私はすることがなくて念のため持ってきていたノートに物語の続きを書き始めた
「なにしてるの?」
「へ?」
突然、後ろから声をかけられて驚いた
私の背後には車イスの乗った彼女がいた
「あ、うん ちょっとね」
じーと見つめられて観念したように話してしまう
「物語を…書いててね」
「そうなんだ どんなお話なの? ちょっと気になる」
「そんな大したものじゃないよ…」
そういいつつこの時の私はなぜかノートを彼女に見せてしまった
おもしろいなんて言われない
うかつにもノートを見せたことを後悔した
けど
「すごくいいね このお話… なんだか元気が出る」
「あ、ありがとう」
お世辞でもうれしかった
嫌、お世辞なんかじゃないってことぐらい私にも分かった
彼女ほ割となんでもはっきり言う性格…なんだと思う
まだ知り合って日が浅いけど今までの会話の中で嫌なことはイヤだとはっきり言える子だなと思ったからだ
だから彼女から私の書いた物語がおもしろいって言ってもらえてうれしかった
「私ね、もう少ししたら一時退院できそうなんだ…」
彼女は少し視線を落としながらそういった
「うれしくないの?」
「まあ帰れるのはうれしいんだけどね 退院したらまた学校に行かないとだから…」
「あっ」
きっと彼女は以前、学校で言われたことを思い出したんだろう
彼女が何も知らないクラスメートから言われた言葉…
また同じように言われるんじゃないかって
でもそんなの間違ってるって思った
彼女は何も悪くないし誰よりも辛い治療を頑張っているのに
けどそんなこと伝えたところでなにも助けにはならない
ただ少し、気持ちが楽になるだけだから
「私の書いたお話、もうすぐ完成しそうだからできあがったらあげるね」
「えっ」
「私の物語なんかじゃなんの助けにもならないかもだけど でも私の書いた物語があればここでのこと思い出せるでしょ もしクラスの子がどんな酷いこと言っても私はあなたの味方だから このお話を読んだら私のこと思い出してもらえるようにする ひとりじゃないんだよって伝わるようにするから だから…」
自分でもなにを言ってるか分からなかった
けどこの時はこうるべきなんだって思って…
「ありがとう」
彼女が笑顔でそう言ってくれたところで記憶は途絶えた
ゆっくりと意識が再起動する
もう直に目が覚めるのが自分でも分かった
今は少しだけ心が温かくて
なぜか一瞬だけ『彼女』のことを臣浮かべた




