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第二章 コミュ障陰キャぼっちでもバンドは組めますか? 第十二節

あの時、君が私を救ってくれて…

小学校三年生の春、私はいわゆる盲腸になった

最初はなんとなくお腹の調子が良くないぐらいだった不調がやがて激しい激痛に代わりそれから二週間が経過した

病院では感染性の胃腸炎だろうと診断されたが一向に良くならず

別の病院で受けた血液検査の結果が異常ですぐさま救急車で大学病院に搬送された

あとから聞いた話だけどこの時、すでに手遅れの一歩手前みたいな状態だったらしく

命に関わるどころかあと二日遅れていたら死んでたらしい(実話)

そんなこんなで救急搬送からたった二時間で緊急手術をすることになった私は子供ながらに生死のはざまを彷徨いながらもなんとか生き延びたのだった…


まあ本当の地獄はここからで

手術後は三日くらいまともに食事が摂れなかった上、まだ九歳かそこらの私は病室の硬いベッドの上で身動きがとれず毎日泣いていた

本当なら一週間もかからない入院も症状が酷すぎて二週間に伸び、世間的にはゴールデンウイークに重なっていたためみんなが旅行や遊びに行くのにどこにも行けず、なおさら辛かった


そんな最悪な二週間だったけど家族や学校の先生がお見舞いに来てくれたし、お父さんも来てくれた

普段、一緒に暮らしていないお父さんからその時見せてもらったのが『バン百合』で退院してからもレンタルショップでDVDを借りて見たりもした


無駄に長い入院期間の中で私は自分の物語を書くことを始めた

最初は国語のノートだったかな、思い出すとすぐにこの世から抹消したいほど酷かったけど、あの地獄の中ではそれが救いで…

そしてその物語が『あの子』と繋げてくれた


 入院から一週間が経った頃、私は点滴にこそ繋がれていたけどわりと自由に動けるようになっていた

「蓬ちゃんは今日も熱心にお話を書いてるんだねー」

私が病室でいつも通り物語を書いていたら看護師の高田さんが話かけてくれた

「えと はい これぐらいしかやることないから…」

「でももうノート二冊目でしょ? そんなに書けるなんてすごいよー」

点滴の容器を取り換えながら高田さんは言った

「ねえねえ 先生から許可がもらえたら小児病棟の交流スペースに行ってみない?」

「交流スペース?」

「そうそう 蓬ちゃんみたいに入院してる子ども達がね折り紙とかお絵描きとかゲームとかして交流できるところなんだー」

一通りの作業を終えた高田さんは屈んで、視線を私に合わせながらそう話してくれた

他の子ども達と交流できる…


この頃からコミュ障陰キャぼっちだった私にはハードルが高かった

「あ、でも 私、他の子と話したりするのは苦手で…」

高田さんの厚意を無碍にするのは子供ながらに申し訳なかったけど初対面の子と話すのは気が引けてしまった

「そっかー じゃあさ少しだけ覗きに行かない? チラ見していけそうなら入ればいいしダメそうなら引き返してもいいからさ」

「あ、えと」

「もちろん、ムリにとは言わないんだけどね 蓬ちゃん、ここに来てからずっと寂しそうだったからさ せめてもの気分転換になったらなって」

ダメなら引き返してもいいとまで言われて断ることはできなかった

なにより高田さんは私のためにここまで言ってくれたんだ

私も少しぐらい頑張ってみようと思った


先生からの許可ももらえて交流スペースへとやってきた

そこには何人かの子どもが居て、見た感じだと私以外の子は五歳から七歳ぐらいに見えた

楽しそうにおしゃべりしたり、折り紙やゲームで遊んだりパッと見た感じだと普通の子供と変わらない

ただみんな、点滴をしてたり、どこか包帯を巻いていたりとケガや病気で入院してることも一目で分かった


「蓬ちゃんはどうかな? 入れそう?」

入口の扉の前で高田さんが声をかけてくれる

「あ、はい…」

本当はここで帰るつもりだったけどそこまで人数も多くないから入ってみようと思った

「そっか 私も一緒にいるから大丈夫だよ」

そう言って扉をあけてくれた

中に入ったら一斉に視線が…なんて想像してたけどそんなことはなくて誰かが入ってきたところで誰も気にしてなかった

「じゃあ、誰かに声をかけて… あ、ちょっとごめんね」

そういうと高田さんは持っていた電話機(病院用のやつ)でなにやら話をしていた

「ごめん蓬ちゃん ちょっと先生に呼ばれたから行ってくるね 五分もあれば戻って来れるから!」

そう言って高田さんは足早に去っていった…

呆然と立ち尽くす…

こういう時、普通なら誰か他の子に話しかけるんだろうけど私にはそれができなかった

とはいえ五分で戻ると言った高田さんを無視して病室に戻るわけにもいかず、ただ立っていても邪魔なだけだから部屋の隅に移動することにした


「あっ ごめんなさい…」

誰かにぶつかってしまいとっさに謝る

「いいよ 別に…」

ぶつかった相手は微動だにせずそう言った


「でも、ケガとかしてない」

慌てて心配する

ここには私より重い病気やケガの子もたくさんいるはずだから少し当たっただけでも大変なことになるのでは?と思った

「大丈夫だから… 気にしないで…」

そう言った相手をみて驚いた

その少女は車イスに乗っていて、腕には点滴、頭にはニット帽を被っていた

女の子… だけど髪の毛は見えなかった…

病気の治療でそうなってしまうことがあるのは知ってたけど実際に見るのは初めてで思わず言葉を失った…

「私と関わらないほうがいいよ みんな不幸になるから…」

女の子はどこか虚ろな目でそういった

「あ、えと どうして?」

「学校に行ったとき、髪が無くなってて言われたの『お前の病気ってうつるんだろ』つて」

「そんなこと…」

ないとは言い切れなかった

自分は子供で専門的な医学知識は無かったしそもそも目の前の女の子の病気が何なのかすらわからない

なのに安易な気休めを口にするのはもし間違っていた時に彼女をさらに傷つけてしまう…

でも

「そんなこと…ないと思う…」

「どうしてそんなこと分かるの?」

「うっ えと もしほんとにうつる病気ならこんなに人がいる所に来れないと思うし、学校だって行けなかったんじゃないかな?」

自分の持ってる記憶と知識を使って証拠を裏付ける

そもそも交流スペースも学校も先生の許可がないと行けない

つまり医学的な知識のある先生が許可したならこの子の病気がうつるはずなんてない


「なにそれ…」

「あっ ごめん…」

言い方が悪かったかな、それともそもそも間違ってた?

どちらにせよ余計なことを言ったせいで彼女を傷つけて…

「なんでそんなに頭が良いの?」

「へ?」

「私、そんなこと思いつきもしなかった ただあんなこと言われて悲しいとか悔しいとかしか思えなくて でも君は違った まるで名探偵みたいに推理してちゃんと私にも分かるように説明してくれて」

少しだけ表情が明るくなった彼女はそう言った

「名探偵は言い過ぎじゃないかな… でもありがとう…」

「ねえ 君は私のこと見て変だと思わなかったの?」

「あ、えと 最初はびっくりしたけど でもその」

彼女を初めて見てたしかに驚きはしたけどそれは別におかしなことじゃなくてむしろ…


「きっとそれって 病気の治療を頑張った証だから… だから変とは思わないしむしろそんなに辛い治療も頑張れてカッコいいなって思ったかな…」

これはお世辞でもなんでもなく本心からの感想だった

きっと私がこの子と同じ病気だったらここまで頑張れなかったと思うから

きっとすぐに泣いて逃げ出してたから

だから私なんかよりもっとずっと強くて凄いんだ


「そっか… ありがとう」

「えと うん」

また少し明るくなった気がした彼女の表情はとてもかわいかった

きっとこんな病気じゃなければもっと笑えていたんだろうな


「そろそろ点滴を替えてもらう時間だ戻らないと…」

「あ、うん」

もう少し話たいと思ったけれどしかたない

私ももうすぐ高田さんが戻って来るだろうしそしたら今日は病室に帰ろう


「あのさ 私、明日もこの時間にここに来るんだけどそしたらまた会えるかな?」

「えっと…」

そんなこと初めて言われた

だから私も少しだけうれしくて

「うん…」

「じゃあまた明日!」

彼女は車イスを手で押して部屋から出て行った


それからすぐに高田さんは戻ってきて、私はそのまま病室に戻った

今日、知り合ったあの子のことは上手く聞けなかったけどまた明日も交流スペースに行きたいことを伝えた

明日は高田さんは別の仕事で一緒には行けないって言われたけど交流スペースの場所は覚えたし病室から遠くないから一人で行くことにした


なにも良いことが無かった入院生活だけど今は少しだけあの子に合うのが待ち遠しく思えて

なかなか時間が過ぎないから私はまた物語を書き進めることにした

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