第二章 コミュ障陰キャぼっちでもバンドは組めますか? 第十節
この日のことを私は一生、忘れない
「それではここが今日のメインイベントの楽器屋さんでーす」
真凛が指さしたほうを見るとそこにはたくさんのピアノが並んでいた
店内はそこまで広くなさそうだけど奥のほうにはギターも見える
「わあ すごいねー 私、楽器屋さんは初めてだよ~」
「私も… 初めて来たかも」
綾乃の驚きかと食いつきぶりはさっきのアパレルショップやフードコート以上だった
かくいう私も初めての楽器屋さんは緊張しつつも目新しいものが多くてかすかに興奮していた
「でしょでしょ とりあえずぐるっとまわろっか」
真凛に連れられながらお店の中を見て回る
入口付近のピアノ、その奥にあるトランペットやクラリネット、楽譜コーナーまである
突き当りを右に曲がるとアコースティックギターやベースがあって、さらにその奥にはドラムやDJコーナーまであった
そしてお店の一番奥から店内の三分の一ぐらいのスペースにエレキギターのコーナーがあった
「すごい…」
思わず言葉が漏れる
それぐらいにはインパクトのある光景だった
壁一面に無数のギターが掛けられていてそれぞれに付いた値札もすごかった
「三十万円……」
事前にある程度、調べてきたつもりだったけどこんな地方のちょっと栄えた地域の楽器屋さんまでこんなに高いギターばかりとは…
先が思いやられる…
やっぱりコミュ障陰キャぼっちはぎたーすら始められないのかな…
「ねえねえ蓬ちゃん あっちに初心者にオススメのギターコーナーがあるみたいだよ」
「ええと あっち?」
綾乃が指さしたほうを見た
たしかに初心者にオススメって書いてある
値段も三万円くらいで、もちろんそれでも高いけどさっきのギターよりお手頃だった
「店員さん呼んでこよっか? 何か聞きたいこととかあればだけど」
「とりあえず大丈夫…です ありがとうございます…」
せっかく聞いてくれた真凛には申し訳なかったけどまだなにもわからない状況ではかえって迷惑をかけると思った
そもそも店員さんに話を聞くとかムリだし…
「そっか もしなにかあったら言ってね アタシはちょっと吹部のおつかい見てくるけどさ すぐ戻るから」
「おつかい?」
「そうそう 中学のね 卒業してからも後輩の面倒見てて、今日ここに来るって話したらクリーナーとか譜面とか頼まれちゃってさ」
そういえば真凛が中学時代、吹奏楽部だったことを改めて思い出す…
卒業してからもこうして後輩の面倒を見てあげるなんてすごいな…
真凛が離れてから私はもう一度、初心者オススメと書かれたギターを見る
色とりどりで形も様々、なにが違うかなんてわからないけどどれも綺麗だと思った
「蓬ちゃんはどんなギターがいいとかあるの?」
「私は…」
特にこの色がいいとか、こだわりとかはなかった
とにかく安くて、使いやすい、あと軽いとうれしいけどそれぐらいだ
ただ、もしなにか一つだけ譲れない何かがあるとするなら
「『灯ちゃん』と似たギターがいいかな」
私がギターをバンドをしたいと思ったきっかけ
昔観たアニメ『ガールズバンドリリー』こと『バン百合』、その主人公で私の推しの平野灯、彼女とできるだけ同じギターにしたかった
「灯ちゃんか~ ならレスポールだから… あのあたりじゃない?」
綾乃が指さしたほうには確かにアニメで灯ちゃんが使っているのとよく似たギターが並んでいた
形はそっくりだけどたくさんの色がある
それこそ灯ちゃんと同じような色から派手な赤やブルー系まで様々だった
「どうかな? 気になったギターはあった?」
「えと、まだよくわからないけど でも形はすごくいいと思う…」
「ならよかった 初めてのギターだもんね ほんとに気に入った子で始めないとね」
綾乃は腕を組みながらなんだか満足そうだった
「とりあえず今日は値段とか色とかを見て、実際に買うのは次回…かな」
「そっかー あ、でもせっかくだからピックぐらい買っていかない? 初めて楽器屋さんに来た記念にさ」
「あ、ああうん」
綾乃の提案を反射で断りそうになったけどすごくキラキラした目で見つめられたら断れなかった
それに断る理由もなかったし
「もうすぐ真凛も来るはずだからそしたらみんなで見に行こう」
「そうだね」
それからほどなくして真凛と合流した
みんなでピックを選ぶことを真凛に伝えると
「いいじゃんそれ! 早速行こう!」
さすがは陽キャ、いつにもまして乗り気だった
ピック売り場に行くとそこには無数のピックが並べられていた
細かく区切られたトレーに同じ種類のピックが何枚も入っている
色も形も様々でアイスのフレーバーみたいだった
「すご 普段は吹部かピアノ関係のとこしか見てなったけどこんなに種類あるんだ」
真凛は何度も来たことがあるらしいけどそれでもこの驚きようだ
そうなると当然、綾乃も…
「すごーい こんなにたくさん 初めてみたよ~」
今日一番、はしゃいでる気がした
もちろん私も結構、楽しくて…
昔からビーズとかを丁寧に仕舞って眺めるのが好きだった
だからこそこれだけ丁寧かつ綺麗に並べられたピックに心が惹かれた
「蓬はどうする?」
「私は… 適当に気になったのを何枚か買っていこうかな」
そう言って改めてピックを眺めた
三角形、涙型、厚かったり、薄かったり、種類は本当に多種多様だ
その中でも気になったのは三枚…
一つは三角形で淡い水色のピック
もう一つも三角形で緑色のピック(こっちのほうが薄い)
そしてもう一つは涙のような形のピックで色は薄い緑色
表面に印刷された文字がザラついていて不思議な感じがした
触り心地はいまいちだけど一目見てなぜかそれが良いと思った
「私は決まったよ…」
そう言って二人の方を見た
「どんなのにしたの?」
「あ、えと この三枚…かな」
真凛に聞かれて選んだピックを見せた
「おおー よくわかんないけど良い感じじゃない? 綾乃的にはどう思う?」
「うーんと 良いんじゃないかな 特にこのティアドロップ型とか使ってる人、結構おおいよ」
以前、ベースをやっていたという綾乃からも高評価だった
特に最後に選んだ涙型のピックは使いやすいらしい
「蓬は他に買いたいものとかある?」
「特には…ない…かな」
「オッケー じゃあお会計しよっか」
真凛に促されてレジで会計を済ませた
初めて楽器屋さんで買い物をした… 謎の達成感がある…
「とりあえず今日、行きたかったところは全部まわったけどどうする?」
楽器屋さんを出た後で真凛が切り出した
「あ、私は、二人が行きたいところがあればついていきます…二人がよければ」
服も買えて、人生初の楽器屋さんも行けたし私としてはあとは二人に合わせるだけだった
「あ、ごめんね 私はそろそろ帰らないとかも…」
意外にも綾乃が申し訳なさそうにそう言った
「そうなんだ!? 門限とか?」
「ああ そうゆうのじゃないんだけどうちの親、色々心配性でさ… ほんとはもっと遊びたいんだけど高校生になって初めてのお出かけだから余計に気にされてるんだよね…」
綾乃にしては珍しく視線を落として愚痴をこぼすように言った
たしかに門限にしては早すぎる気がするし、綾乃だってもっと遊びたいだろうな…
でも、心配する家族の気持ちもわかる…
綾乃は特にかわいいしどことなくナンパとかされたらついて行きそうだし…
「だから、私に気にせず二人はそのまま遊んでて バスの乗り方も分かったし一人でも帰れるから」
え!? この後、真凛と二人きりで遊ぶ!?
そんなのほんとにデートじゃん!?
このままのメンタルだとさすがに耐えられそうにない…
「ああー でもアタシも親から電話で早く帰って来るよう言われたしなー」
「あ、その私も二人が時間的にアレなら 全然、解散でも大丈夫…です…」
真凛が早く帰らないといけないことを思い出したその一瞬をついて帰る流れに持っていく
「なんかごめんね…」
「いいのいいの どのみち他に行くとこなければ帰るつもりだったし」
綾乃が申し訳なさそうに謝るが真凛がフォローしてくれた
こうして私たちは少し早いけど帰路に着くことにしたのだった
バスと電車を乗り継いで駅に着く
綾乃は朝、乗った駅と違う駅だけどここで迎えを待つらしい
真凛と私はそれぞれの家の最寄り駅に行くためここで乗り換えだ
それぞれが別のホームや出口に向かうその途中で声をかけられた
「蓬 綾乃、今日はありがとー 楽しかった!」
「私も! すっごく楽しかった!」
真凛と綾乃が口々に答える
「あ、えと 私も楽しかった…です」
「ならよかった じゃあまた学校でね!」
真凛はそう言って手を振りながら去って行った
綾乃も同様に手を振っている
私も二人に対して交互に手を振って…
「また、学校で…」
生まれて初めてそんな言葉を口にしたのだった




