第一章 二千十八年の君へ 第一節
たとえそれがある種の気の迷いだったとしても、もし生まれ変われるなら私はあの時に戻りたい
そして今度こそ君にこの気持ちを伝えるんだ
二千十八年の君へ
身体中に響き渡る重低音、どこまでも響くギターの音
忘れもしないそれがすべての始まりだった
電車を降り改札へ向かう定期券を駅員さんへ見せ学校へ向かう
片田舎のここではSuicaは使えないし電車も一時間に一本あれば良いほうだ
華の高校生活、しかし私はあえてこの学校を選んだ
蚊帳ノ蓬はいたって平凡な高校生だ
他の人と違うところは病弱で人見知りで常に一人でいるところだろうか
特技も無ければこれといった趣味もなく医者に止められているため過度な運動もできない
いままで何かを成し遂げたことも誰かと競い合ったこともない
ただの生きる屍のような人生を消費していた
中学時代に些細なすれ違いと大きな誤解からいじめに遭い人間関係疲弊した私は知り合いのいない片田舎の高校へと進学する
陰キャから陽キャへの転身、高校デビューそんな夢のような理想はもたない
ただ平凡に誰からも好かれず誰からも嫌われずなにひとつ傷つかずに生きたかった
私はもう誰にも絶望したくなかった
今日は午前中に学年集会と授業についての説明会、午後からは新入生歓迎会か
この手の大勢で集まるのは苦手だ
集団の中に埋もれてただその大きな装置の歯車でいられるなら良い
でも集団が大きくなるほど自分や他の歯車がかみ合わなくなり異常をきたす
もうこのまま帰りたいそう思っても次の電車は三時間後
駅に着いても自宅まで十キロ以上離れているため母の迎えを待つしかない
どのみち私に逃げる選択肢は与えられていないのだ
そうこう考えているうちに学校へ着いた
桜水高等学校、生徒数150人(全校)の普通科全日制の共学校である
地域に根付いた校風がうりの自称進学校
県内における偏差値はさほど高くないが毎年、大学進学者を輩出している
全校生徒の数が少なく各学年二クラスしかない小規模な学校
それでいて付近には私立を含む高校がないことからなんとか廃校を免れているらしい
入学して三日目、まだ本格的な授業は始まらず高校生活を送るための説明会や親睦を深めるためのレクリエーションが行なわれていた(ほんと怠い)
なんども言うが私はこの手の集まりが苦手だ
クラスには決して悪い人ではないがふざけたり人の話を遮ったりして場を乱す生徒がいる
そういった生徒に対し私は嫌悪感は抱かないが注意されたり指摘されているのを聞くと自分自身のことのように感じてしまう
そのたびに傷つくのが嫌だった
そして誰かに何か言われても軽く受け流して何事も無かったようにしている人たちが羨ましかった
私もそうなりたいと思ってしまった
教室に入ると自分の席に着き教科書を机に入れる
そのあとはHRの予鈴が鳴るまで読書をしていた
読書は良い
本を広げているだけで自分の世界に入っているポーズがとれる
だから周りは話しかけてこないし私も周りが気にならない
陰キャでいい、ぼっちでいい、別に友達なんて
ほしくない いや友達はほしいけど些細なことで友情は破綻する 絶望する 失望する
そしてまた傷つくぐらいなら私は
ドンっとまるで少年漫画の効果音みたいに私の机に何かがぶつかった
「ご、ごめん 大丈夫?」
そう謝ってきた人影を見やる
瞳を奪われた
整った顔立ちとスラっとした背丈、同じ制服を着ているはずなのにモデルのように様になっている
翡翠を埋め込んだような瞳と長く綺麗な黒髪
色素が薄い髪色と不健康なやせ型で胸もなく足もガリガリで瞳なんてそこら辺の石ころみたいな自分とは真逆の女性
あまりにも幻想的で天使や妖精すらも嫉妬してしまいそうなほどの美貌だった
「もしもーし? ケガとかしてない? 頭打った?」
「えっ あっ すみません」
「どうして君が謝るの? でも大丈夫そうで良かった じゃね」
アニメから出てきたキャラクターのような声と表情そして動き
やばい これほんとにやばくない? 転校生かな?
そんな感想を抱きながら記憶を辿り思い出す
朝霧綾乃 今年入学した一年生であり入学式の日に体調不良で式の途中に早退しそのまま欠席していた生徒だ
入学式の日は緊張と周りに馴染むことに必死でほんの数時間しか居なかった彼女の顔なんて覚えていなかった
私の側を通り過ぎたあと彼女は他の生徒から声をかけられていた
私なんかとは住む世界が違う人
多分もう卒業まで絶対に話すことなんてないだろうな
この時の私はそんなふうに思っていた




