第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第五十節
雨の音、雨の匂い、紫陽花の雫
その全てを永遠に閉じ込めておけたのなら
彼女の祈りは届いたかもしれないのに…
ホテルを出てとぼとぼと歩く
蓬を探してここまで来たのに結局、メイリンに取られてしまった
あの時、無理にでも蓬のことを連れ出せなかった
なにも思ったようにいかなくてここまで協力してくれた廻兎や桂木さんに申し訳なくて
胸の奥の霧が一層強くなってのがわかる
普段ならこれぐらいのことで落ち込むことなんてないのにあのときから抱いた痛みのせいでほんの些細なことですら辛い
「わっ!?」
今にも泣き出しそうな空の下、真凛が俯いて歩いていると誰かにぶつかった
「うっ すみません、大丈夫ですか?」
地面から立ち上がりながらぶつかった相手の方を見る
どうやら相手もぶつかった衝撃で派手に転んだらしい
その人は立ち上がりながら
「いやー こっちこそごめんねー 雨が降りそうかなーってスマホで天気予報見てたからさ 君こそ大丈夫? ケガしてない?」
そう言った彼女は見慣れた制服を着ていた
それは自分が着ているのと同じ桜水高校の制服で…
「もしかして君も桜水の人?」
「あ、はい… 一年の小林真凛です…」
「そっかー じゃあ隣のクラスの人かな? ボクは一年の雛鳥詩草だよ ヨロシクね」
雛鳥詩草と名乗った少女は手でスカートを払いながら辺りを見まわした
「小林さんってこの辺に住んでるの?」
「ううん たまたま用事があって来ただけで… 詩草ちゃんは?」
「へ?」
彼女は驚いた様子でこちらを見つめた
「どうかしたの?」
「あー ううん 名前で呼ばれるなんて久しぶりで… ちょっと驚いただけだよ」
彼女にそう言われてハッとした
初対面の相手でも構わず距離を詰めるのは自分の悪い癖だ
高校に入って自重するつもりが蓬の時もそうだけどなにも治ってなかった
「ごめん 嫌だった?」
「ううん ただ少し驚いただけだよ それこそ名前で呼ばれるのなんて小学校以来だったから…」
二コリと笑いながら彼女は語る
「名前で呼んでもらって大丈夫だよ ボクも君のこと、真凛ちゃんって呼ぶからさ」
「あ、うん… ありがとう」
距離の詰めかたをミスったと思ったけれど詩草はあっさりと受け入れてくれた
「ちなみにボクもここには用事があって来たんだよね」
さっきの質問に答えるように詩草は言った
「そうなんだ… 買いものとか?」
「まあそんな感じかな 真凛ちゃんも買い物?」
「アタシは…」
答えようとしたその時、ぽつぽつと雨が降り始めた
「うへー やっぱり振ってきちゃったか…」
詩草は手の平を頭の上のほうに置樹ながらそう言った
「とりあえずボクは先に行くね 真凛ちゃんもあんまりひどくならないうちに帰ったほうがいいよ」
そう言った彼女の手には花束が握られていた
「あ、それ さっきぶつかった時に痛んだりしてない?」
花束を持っていたなんて気が付かなかった
白っぽい包装が施されたそれは地面に落ちたせいか少し汚れていた
「やっぱり… ごめん、ほんとに」
誰かへのプレゼントだろうそれを汚してしまい真凛の心は更に沈んでいく
詩草はなにも気にしていないかのように言った
「大丈夫だよ プレゼントじゃないしどのみち汚れただろうから」
「でも…」
頭を下げ続ける真凛に詩草は言った
「本当に大丈夫 ぶつかった責任はボクにもあるんだから真凛ちゃんが気にすることじゃないよ それに真凛ちゃんなんだかすごく苦しそうだし」
「あっ…」
詩草の言葉が飲み込めなかった
苦しそう… その言葉の意味を咀嚼して理解したら本当に心が壊れてしまいそうで…
それ以上の言葉も思考も何もかも止まりかけた真凛を見て詩草はなにを思ったのか
それは分からない
ただ彼女は触れていた真凛の手を離す
「ごめん 今度こそ行かなくちゃ」
そう言って離れて行く
「真凛、君の苦しみはボクには分からない… けど、も少しだけ肩の力を抜いていいと思うよ…」
去り際に呟いたその言葉が真凛に届くことはなかった
そして雛鳥にも…
50.5
横断歩道の手前に花を供える
真っ白なそれでいて少しだけ端が汚れた花束だ
立ち去ろうとしたら目の前に男が立っていた
「紫陽花さんへの献花ですか…」
「その呼び方はやめてくれないかな」
嘲笑のような笑みを貼り付けた男に冷たく言い放った
「これは失礼 〇〇雅… あるいは○○〇・○○○○…でしたね」
「…」
「紫陽花の花、綺麗ですね まさに彼女にぴったりだ」
「なにしに此処に来た?」
普段以上に失礼極まりない男に少女は投げかける
男は悪びれる様子もなく言った
「キミと同じですよ」
そう言って男は花束を置いた
青いアジサイと色とりどりの花 まるで雨のような花束だった
「そう あんたにも残ってたんだ… 人の心」
「心なんて所詮はただの中身でしかありませんよ 魂の本質とはまるで別物だ」
男はそう言うと煙草に火を付けた
「復讐は進んでますか?」
「さあね あんたに教える義理はない」
「これは手厳しい…」
肩をすかせて歩き出す男 彼は擦れ違いざまに呟いた
「それにしても 黄色のカーネーションだけの花束なんて誰が置いたんでしょうね」
「たしかに変わってるけどおかしくはないでしょ?」
少女の言葉を男は鼻で嗤って言った
「黄色のカーネーションの花言葉、ご存じですか?」
「たしか友情とか気品とか?」
「ええ それもありますが…」
「嫉妬・失望・侮辱、そして軽蔑… なんてのも含まれますよ」




