第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第四十八節
少女は舞台に立つ
願いを叶えるために
「死ぬかと思った…」
肩で息をしながら真凛は言った
桂木さんの運転は安全運転とはほど遠く走馬灯が見えかけるレベルだった
「リムジンはまだあるみたいだね」
「あ… ほんとだ」
桂木さんの指さした方向にはたしかにリムジンが停まっていた
「早いとこ動いたほうがよさそうだな」
廻兎はいち早く車から降りて助手席の扉を開いた
「流石にセキュリティーが厳しいだろうから蚊帳ノさんかユゥさんの知り合いって言っても入れてもらえないと思う それに二人がいる確証もないからリムジンを見張りつつ二人がホテルに入る瞬間を抑えるのが妥当かな」
「あ、うん…」
相変わらず手慣れたような口調で廻兎は言う
その様子はまるで探偵…よりもパパラッチか週刊誌の記者というところだそうか
「でももうすでにホテルの中の可能性もゼロじゃない 俺はこっちで中に入る手段がないか探るから真凛はあの辺の木陰で蚊帳ノさんたちが出てこないか見張ってくれない?」
「わかった…」
ただ見張ることしかできないことにもどかしさを感じつつも今は廻兎の指示に従うしかなかった
それからしばらくリムジンを見張ったものの一向に二人が出てくる様子はなかった
時間だけが過ぎていくことにもどかしさを感じているとリムジンの前に一人の男が立ち止まった
その男が運転席を軽くノックすると中から運転手が出てくる
「失礼ですが私に何か御用でしょうか?」
「突然すみませんね こちらの車、楠杏奈さんのお車では?」
木陰とリムジンとの距離はそう離れていなかったから二人の会話はある程度聞こえた
かすかに聞こえた楠杏奈という名前に真凛たちの疑念は確信に変わった
「残念ですがこちらにそのようなお名前の方は乗っていませんよ」
運転手はどこか冷たく言い放った
「なるほど ではユゥ・メイリン様が乗っているのですか?」
「申し訳ありませんが素性の分からない方に雇用主の名前は明かせません」
「はぁ こっちもこっちですか…」
男は肩をすくめてため息を溢した
「火葬屋… そういえばもう少し協力的になってもらえますか?」
「何のことでしょうか? 私にはさっぱり分かりませんね」
運転所は終始表情を変えていない
不愛想、というわけではないけれどまるで仮面のように表情が張り付いていた
「とぼけますか さっきの間と今の表情で自白したようなものですよ 本当に知らないならもっと不思議そうな顔をするものでしょう」
「もとから感情を表に出さない性分でして 不快でしたか?」
「ええ、とっても…」
会話は聞こえても内容までは理解できなかった
でも運転手と男のやり取りからしてリムジンに乗っているのはメイリンとみて間違いなさそうだった
そして運転所がメイリンを男に会わせたくないことも分かった
男が何者か分からいけど運転所のガードは堅そうだ
このままメイリンに会いたいと頼んでも門前払いされるのは分かり切っている
だから
「お待たせしましたわ セバスチャン…」
一世一代の大芝居でることにした
運転所はあっけに取れれたように言葉を失っている
隣の男もどうようにこちらを訝しんで見つめていた
心臓の音が聞こえるぐらい五月蠅いけどそんなことは気にしていられない
真凛は運転手の腕を掴んで耳打ちした
「あの人につきまとわれて困ってるんですよね だったら今だけ私があなたの主人ってことにして切り抜けてください」
「…分かりました 恐れ入ります」
運転手も小さく呟いた
「それでセバスチャン、この人は?」
「それがなにやら勘違いされているようでして…」
真凛の言葉に運転手が合わせた
それからなにを言うべきか迷っていると
「これは失礼しました 本当に人違いのようですね」
男は後ろ手に頭を搔きながら謝罪した
あまりにもあっさりと引き下がったから拍子抜けしてしまった
「お時間をとらせて申し訳ありませんでした 私はこれで失礼します」
そう言って男は静かに去っていった
その間、運転手は一言も話すことはなくて…
終始、男のことを見つめていた
「おかげで助かりました ありがとうございます 小林様」
「あ、えと 私は何も…」
男が見えなくなってから運転手は恭しく一礼した
「ていうかなんで私の名前を!?」
一度も名乗っていないのに名前を呼ばれて真凛は驚く
運転手は顔を上げると一歩下がって背筋を正した
それから
「お嬢様の同級生の顔とお名前は全て把握しておりますので 小林真凛様」
「なる、ほど…」
転校初日でメイリンのクラスメートの顔と名前を暗記してることに若干引きつつも納得した
「私のことを知ってるってことはやっぱりメイリンがここにいるんですよね!?」
運転手の口からメイリンの名前は一度もでてきていないがさっきまでのやり取りでメイリンがここにいることは確信していた
真凛の問いかけに運転手は
「はい こちらにお嬢様はいらっしゃいます それに蚊帳ノ様も」
「なら蓬に会わせてもらえませんか? あの子のスマホとか荷物とかあるんで!」
「かしこまりました ではお部屋まで案内致します」
「え、そんなあっさり?」
てっきり断られるかと思って居たから運転手の反応に驚いた
運転手は少しだけ首を傾げて言った
「先ほどの男ならともかくお嬢様のご学友を門前払いなどしませんよ」
「あ、ありがとう…ございます」
表情も声色も変わらない運転手がなにを思っているのか皆目見当もつかなかったけれどホテルの中に入れるなら断る理由なんてない
真凛は大人しく運転手について行くことにした
「申し訳ありませんが車を駐車場に止めて来ますのでフロントでお待ちください」
「分かりました」
運転手に言われた通りホテルのフロントに入る
天井に巨大なシャンデリアが吊るされていてまるで舞踏会の会場のようだった
自分の存在の異物感に押しつぶされろうになりながら耐えた
しばらくして運転手がやって来た
「お待たせ致しました こちらへ」
「あ、はい…」
運転手に胃荒れるがまま真凛はホテルの奥に進んで行った




