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第一章 二千十八年の君へ 第九節

あの時あなたと話さなければ私はきっと逃げ出していた


あの時君と話さなければ私はきっと進めなかった

締め忘れたカーテンから差し込む光とともに目が覚めた。

午前五時、まだスマホのアラームは鳴っていない。

少しうるさくも感じる小鳥のさえずり、四月だけどまだ肌寒い朝

思い出したくもない記憶がよみがえり気がついたら泣いていた


いつものことだ


「全部自分が悪いのに」そう言い聞かせるのが楽だった。


きっと昨日、幸せだったからだ

小林さんや朝霧さんに優しくされて

家族も自分がやりたいことを後押ししてくれて

でもどこかでまた裏切られるんじゃないかなんて疑って

だから罰を受けたんだ


身体だけじゃなく心まで冷え切って胸のあたりがすごく寒い


くるまるみたいに毛布を手繰り寄せて、もう一枚を小さく丸めて胸に抱く

こうすると落ち着く、昔からそうだった。

目に入った光が強すぎたせいで二度寝はできそうになかった。

それどころか悲しみはたちの悪い風邪みたいにぶりかえしてくる


ああ ダメだ ほんとにどうしようもなく つらくなってきた


ぽろぽろと涙があふれる

胸に抱いた毛布に顔を沈めて頭まで毛布をかぶって泣いた

涙は止まらい 悲しみも苦しみも後悔も悔しさも降りやまない

一度こうなると止まらない


言葉を租借する

誰かに言われた言葉を噛んで砕いて理解して飲み込む

そのたびに喉の奥が抉られて心が壊れる


涙が止まらない

声をし殺して 誰にも聞こえないように

誰にも気づかれないように泣かないと


「いじめ」のことは家族にだって話してないから


金曜日、明日から休みだというのに朝から怠い

早起きは三文の得というのは迷信だ。

いつもより二時間早く起きたのにその間ずっと泣いていたのだから

心が持たない

憂鬱な気分の中で学校に行く 本当は適当な理由をつけて休みたかった

でも根がクソ真面目なので仮病とか使えないし

お母さんも叔母さんも『今日は体験入部に行くんでしょ?』とどこかはしゃいでいたし

まあそうなると私も『まあせっかくだしね~ 行くだけ行ってくるよ~』なんて言ってしまったんだ 


最寄り駅から徒歩十五分、学校に到着。

そのまま教室へ向かう。仲良く挨拶するような人も(まだ)いない

いつも通り窓際の自分の席で荷物をしまう。

そのまま鞄から本を取り出す。

村上春樹の小娘には内容がよく理解できない小説だ。

ただ難しい本を読んで『自分の世界に入っている』ポーズをとる(村上先生ごめんなさい)

そんないつものルーティーンに浸ろうとしたときだ

「おはよーカタノちゃん」

「え、ああ おはようございます」

あれ?反射的に返事したけどこれほんとに私にだった?

「おおーい 大丈夫? キョトンとして」

「あぁ すみません」

「別に謝んなくていいのに…」

私に話しかけてくれたのはクラスのカースト最上位にして金髪ギャルの小林真凛さんだった。

「ね 今日も体験入部行くでしょ?」

「えと まあ その はい……」

やばい上手く話せない すごいこっちの顔見てくるし緊張する…

なんか朝からいいにおいだし 背が高くてスタイル良いし かわいいし

なんでこんな陰キャぼっちコミュ障に話しかけてくれるんだろう

「オッケー じゃ放課後、一緒に行こ 綾乃も誘ったし」

朝霧さんも!? ギャルすごいな

「えと お願いします」

そう言い終えるとちょうど予鈴が鳴った

「んじゃまたねー」

そう言って小林さんは自分の席に戻って行った。


午前中の授業はわりとあっという間に過ぎていった。

金曜日、明日から休みだとこれほどまでに気が楽なのか

もう毎日が金曜日でいいじゃん

金土日金土日日で良くない?(週休五日制)


昼休み、私は昨日と同じベンチに座っていた。

理由はまたも小林さんが私の席に陣取ってたからだ。

トイレに行った隙に占領されてた……

でも今日は昨日と違って小林さん一人だったような………

まあとにかく第一のセーフティーゾーンである自分の席が陥落した以上、第二のセーフティーゾーンになったこのベンチしかない


お弁当を食べ終えた頃、人影が近づく

昨日と同じタトゥーの人だ

昨日と同じでヘッドフォンで音楽を聞きながらベンチに座る。

怖い 威圧感が凄い………

でもなんかこっちに気が付いてないみたいだしこのままトイレに籠ろうかな

もし声かけられても『トイレです』って言えばいいし! (トイレは友達)


席を立とうとしたその時だった

「なあ」

背筋が凍った 話しかけられた?

「え、えとなに用でしょうか?」

男の子に声をかけられて一気に緊張感が高まる

「昨日はありがとな」

「へ?」

「休み時間終ったの声かけてくれて}

そういえばそんなことあったな いやあれは自己満足というか保身のためにやっただけなんだけど ていうか

「………聞こえてたんですか?」

「一応な」

あ、ヤバい だいぶ小さな声で言ったつもりだったんだけど聞かれてた!?

「あの すみません」

「なんであやまる?」

ああもう私の悪い癖だ そうやって意味もなく呼吸するみたいに謝罪する

空っぽの謝罪ほど目障りなものはないのに

「その 邪魔してしまって ………音楽聞くのの」

「別に構わない 新歓なんて興味なかったがライブには興味あったからな」

「ライブ………」

「高校生もレベルにしてはよくできてたと思う 選曲は微妙だがな」

どこか上から目線な評価な気もするけど淡々と昨日の音楽部のライブを振り返った


「ボーカルの歌唱力は高いが選曲で台無しだった。ギターはまあまあだろうなエフェクターで誤魔化してるところが多い、キーボードは正確だが周りと音が合ってない。ドラムはやたら派手だったな叩き方に勢いがあるが無駄な動きも多い、それとベースはリズムがぶれてた上に音がでかい悪目立ちしてた。」

素人の私にはさっぱりだけどたぶん正確な分析なんだろうな


「………音楽、好きなんですか?」

「ああ 嫌いじゃない」

しまった なんか無意識のうちに話していた……


「すみません ………なんか勝手に聞いてしまって」

「いや 珍しいな 俺に話しかけるなんて」

「へ?」

「昨日も思ったが、こんな見た目のやつに話しかけるやつはそう多くない ましてや女子ならなおさらな」

「いや、その」

予鈴が鳴った 昼休みが終る

「昼休みは基本ここに来る」

「あ、えと」

「俺は気にしない」

きっとそれは彼なりのやさしさなんだろう

自分は気にしないから私も嫌じゃなければここに来て良いと………

いやムリ! 男の子と二人っきりとか私が耐えられない!

こうして私は第二のセーフティーゾーンを失った




本日最後の授業はレクリエーションだった

内容は体育館でドッジボール

人体を的として凶弾ボールをぶつけ合いキル数(当てた人の数)を競う野蛮な競技

本来なら参加必須なんだけど体育の授業に制限のある私は見学だ 助かった……

そしてなぜか朝霧さんも

私と朝霧さんはコートの端で楽しそうに青春を謳歌するクラスメートを見ていた


ふと小林さんチームの試合を見やる

今回はレクリエーションのため男女混合だけど天城くんの投げた魔球(私にはそう見えた)を小林さんはやすやすと躱す

動くたびに私と対象的な豊満な胸が揺れる

そのたびに『おお……』という男子の歓声が聞こえる

てなに見てんのよ男子~ たしかに私もちょっとは気になるけどさ

ていうか人より表面積が大きいのによくもまああんなに避けられるものだなと思う

重量もそれなりにありそうだし………

いやいやいや なにを考えてるんだ私は

隣の芝は青いといえど私だってオンリーワン 貧乳はステータスなんだぞ!

AにだってAなりのプライドがあるんだ………

やめようむなしくなってきた

胸だけに(冷笑)


「真凛ちゃんって大きいよね Fぐらいかな? いやG、もしかしたらHかも」

「……………………………………………………………………………………え?」

唐突に朝霧さん(推定Dカップ)がとんでもないことを言い出した

「あれ?違った? さっきから真凛ちゃんのこと見てなかった?」

「み、見てないですよ!?」

ヤバいばれたかな このままだと朝霧さんに私が同級生の女の子の胸を観察するエロい女だと思われてしまう。

「そっか まあでも真凛ちゃん大きいからなー 私は見ちゃうけど」

「そ、そうなんですね 私はそーゆーのあんまり気にならないですね(ごめんなさい嘘です)」

「私も一応、Fなんだよ?」

速報! 朝霧さんはFだった! そして客観的に見て朝霧さんより大きい小林さんはF以上!(byヤバい女)

「そ、そうなんですね」

「あれー 反応薄いなー」

「すみません………」

男の子どころか女の子同士のノリすらわかんない

「ねね 君って昨日音楽部にいた子だよね? たしかカタノちゃん?」

「あ、はい 蚊帳ノです……」

「え、カヤノなの!? ごめん!」

「あ、すみません 小林さんに聞き間違えられて それを訂正するタイミングを逃してそのままにしてしまったのは私なので……」

「そうなんだ!」

昨日の失敗が尾を引いていた(辛い)


「私は朝霧綾乃だよ ちなみに蚊帳ノちゃんは」

「蚊帳ノ蓬です……」

「蓬ちゃんか~ かわいいね」

かわいいっていわれた!? 名前が!?

「私のことも綾乃でいいよ~ あとタメ口でオッケー」

「あ、ありがとうございます。 でも敬語になるのは癖みたいなものなので……」

「うんうん 徐々にで大丈夫だよ!」

朝霧さん優しい……好き!


「ところで蓬ちゃんはギターしたいんだよね?」

「へ?」

まさかの話題チェンジ しかも部活のこと!?

「あ、ああ まあはい」

「なんでギターしたいと思ったの?」

ヤバいこの話題か……

なんて答えるのが正解なんだろ

自分でも分からないのに……


「私はねー『バンゆり』でベースはじめて今はボーカルやりたいんだー」

え!? バンゆり!?


 『バンゆり』とは正式名称が『ガールズバンドリリー』というアニメだ

廃校寸前の高校で新たに入学した女子高生がバンド活動を通して学校の危機を救う

その過程で描かれる人間ドラマ……いわゆる百合展開とリリー(ユリ)を掛けていつしかそう呼ばれるようになった

もうだいぶ前のアニメだけど今でも人気で近頃、続編の制作が決まっていて


私がお父さんから見せてもらったアニメだった


「まだそんなん見てんの?」

誰に言われたかも覚えていない

たぶん小学校低学年かもしかしたら保育園の年長さんぐらいかもしれない

同い年の男の子に子供向けアニメを見てることをバカにされてそれ以来、人前でアニメの話しをしなくなった

中学で文芸部に入ってもほんとは漫画やラノベのほうが好きなのにそれも隠した

だからこそここでも話すつもりはなかったんだ

アニメ好きを公表して高校デビューなんてするつもりもない

でもこの時だけはなぜか

あなたになら話しても良いって思えたんだ




「私も……好きです。 ……バンゆり」



パッと綾乃の顔が明るくなった


「ほんと!? え、え、誰推し?」

「ええと ギターボーカルの平野灯ひらのともりちゃんです。」

流されるまま私は話した

「いいよね!灯ちゃん! 私はねベースの秋本レイヤちゃん」

「あ、だからベースとボーカル」

朝霧さんの推しは帰国子女で引っ込み思案な女の子で普段はベースだけど歌唱力が高く、サイドボーカルや作中で灯が病気のときに変わりにボーカルもした子だ

「そうなの! レイヤちゃんてすっごくかわいいしそれでいてライブ中はカッコいいでしょ? ほんとそこが推せるんだよね」

すごい ガチだ ていうかほんとに話しがわかる人だ

それから私たちは『バンゆり』について語り合った

どの話しのどこが良かったとか

好きな曲のこととか


まるで友達みたいに


「すごいね、蓬ちゃん まさかこんなに『バンゆり』について分かってる子がいるなんて思いもしなかったよ」

「い、いえ 私もまさか朝霧さんが『バンゆり』好きだとは思わなくて……」

「綾乃だよ?」

「え、あ、綾乃さん……」

「そそ 私のことも名前で呼んでね」

「は、はい」


時間的には二十分もなかったはずだ

でもそんな短時間で朝霧さん、いや綾乃さんは距離を縮めてくれて

それがすごくうれしかった


授業が終って教室に戻る

HRも終り放課後になった

荷物をカバンに詰め込み帰る準備をしてたら


「蓬ちゃん 部活、いこっか」

綾乃さんに声をかけられた

「えと あ、はい よろしくお願いします。」

「うん!」

にっこりとかわいらしく笑った彼女は私の手を握り……


え、手を握られた!? やばい なんか緊張してきた


そのまま音楽室へ私を導いてくれたのだった

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