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アルノアの今までについて

十歳の誕生日。

俺――アルノア・グレイは、王都の中央にある協会で「魔力覚醒の儀式」を受けることになった。


この世界では、生まれながらに魔力を宿している者は多い。だが、その力がどの属性に適性を持つかが目覚めるのは十歳のときだけだ。神々が子どもたちを魔力の暴走から守るために与えた祝福――それが「魔力覚醒の儀式」である。


協会の大扉を押し開けると、冷たい大理石の床が足裏にひんやりと伝わる。天井のステンドグラスから差し込む光が、色彩の粒となって床に踊る。静寂の中、低く響く魔法陣の振動が空気を震わせる。

父と母の手を握り、俺は深呼吸した。鼓動が早くなる。

「アルノア、落ち着いて。大丈夫よ」

母の声が背中に優しく届く。

「きっと、素晴らしい結果になるわ」


儀式台の中央に立つ。儀式官の低く安定した声が、空気に重みを与える。

「では始めますよ、アルノア君」


魔法陣が淡く光を帯び、俺の体を包み込む。頭の中に熱と冷気が入り混じる感覚が広がり、血管を走る電流のような振動が指先まで届く。体の奥で何かが弾け、視界が白く光る。耳の奥で鈴のような高音が響き、魔力が全身を駆け巡った。


「……これは、信じられない!」

儀式官の声が震え、周囲がざわめく。

「全属性適性……だと!?

私も四十年間、この儀式を執り行ってきたが、こんな結果は初めてだ」


両親の目も、驚きと喜びで見開かれている。さらに儀式官は小さくつぶやく。

「そして君には“適応”という個性も発現している……前例のない力だ」


「全属性……適応……?」

体に宿る火の熱、水の冷気、風のさざめきを感じる。だが、どれもまだ制御できず、未知の力の兆しに過ぎない。


儀式官は微笑み、柔らかく告げた。

「アルノア君、君は特別だ。この力を使いこなせば、きっと偉大な道を歩むだろう。少しずつ慣れていくといい」


父と母に抱きしめられた瞬間、期待と不安が胸に渦巻いた。未知の力――祝福であり、同時に重い責任でもある。



数週間後、俺は基礎魔法学園に入学した。制服に袖を通すと、胸の奥に誇りと緊張が混ざる。校舎に足を踏み入れると、石造りの廊下に魔力がほのかに漂い、そこかしこに咲く花の香りと混ざり合って独特の雰囲気を作り出していた。


初めての実践授業。体験授業で仲間たちとペアを組むことになった。

初めて組んだのは火属性の少年、ロイ。

彼は炎を手に集め、軽やかに舞うように攻撃を繰り出す。正確さと力強さに、俺は圧倒される。

「アルノア、肩の力抜けよ!」

笑いながら言う彼に、少し救われた気がした。

「わかった、落ち着く……」

俺は深呼吸し、ゆっくりと魔力を手に集める。炎の熱が手のひらに伝わるが、まだ頼りなさを感じる。


別の日には雷属性のカインと組む。

彼は冷静で、戦況を読む力に長けている。俺が戸惑うと静かに助言をくれる。

「焦るな。お前の魔力は広い。使い方次第で誰よりも強くなる」

その一言が、心に小さな光を差し込む。


授業の合間、俺はロイやカインと笑いながら話す時間もあった。ロイは冗談を連発し、俺をからかうが、それが妙に安心感を与える。カインは穏やかな笑顔で俺を励まし、落ち込んだ時にはそっと手を差し伸べてくれた。

その二人の存在は、授業の緊張を和らげるだけでなく、心の支えにもなった。


だが、そんな時間も、周囲の視線からは逃れられなかった。

休み時間になると、生徒たちのささやき声が校庭の隅や廊下から聞こえてくる。

「ロイ、すごいな……炎の制御、完璧だ」

「カインの雷、見てるだけで圧倒される」

一方で俺に向けられる視線は冷たく、囁き声は鋭い。

「アルノアって、あんな奴があの二人と一緒にいるのか?」

「弱いのに気づいてないんじゃないか?」

耳に入るたび、胸の奥に棘が刺さる。


授業後、俺は一人で校庭の木陰に座り、握りしめた手のひらを見つめる。

「俺も…いつか、みんなのように強くなれるのか」

不安と期待が交錯し、胸が締め付けられる。

風が木々を揺らし、落ち葉が足元に舞い落ちる。小さな自然の音が、焦る心にわずかな安らぎをくれる。

「焦るな…焦るな……でも、いつか、必ず」

俺は自分にそう言い聞かせた。


 入学から数か月後、学園では初めての模擬戦が行われた。

俺――アルノア・グレイは、クラスメイトのエマとサーシャと共に上級生と戦うことになった。試験の内容は、経験豊富な上級生を相手にメインターゲットを破壊するというもの。華やかな戦いを目の前に、胸の奥が締め付けられるようだった。


「アルノア、私たちがうまく噛み合ってないみたい」

エマの焦った声に、俺は深く息を吸い込む。彼女は風魔法で敵の動きを封じているが、そこに追撃を入れられず、攻撃の威力が半減していた。サーシャも水属性の魔法で援護するものの、タイミングが合わず、敵に攻撃を読まれてしまう。


俺は一瞬、焦燥に囚われた。しかし、心を落ち着け、自分の個性――「適応」を思い出す。仲間の魔法や状況に合わせ、自分の力を最大限に活かす。それが俺に与えられた個性だ。


笛の合図と共に、模擬戦が始まった。

俺――アルノア・グレイは、エマとサーシャと共に上級生チームに挑む。目標は、敵陣奥のメインターゲット破壊。経験豊富な上級生相手では、単純な攻撃では通用しない。だから俺は、仲間の攻撃を最大限に活かす戦略を考える。


「エマ、サーシャ、俺が後ろから動きを補助する。敵の視界と行動を封じて、二人の攻撃が当たるようにする」

俺は戦場の中央で立ち位置を調整し、敵の注意を自分に向けつつ、風と水の流れをコントロールする。これが俺の“適応”の力だ。


まずエマが風魔法を炸裂させる。鋭い突風が敵を押し、視界を遮る。敵は一瞬の隙を突かれ、動きを制限される。サーシャはその隙間を狙い、水の鞭で敵の足元を捕らえ、自由な移動を封じた。俺はその間、敵の動線を読み、必要なタイミングで魔力を微調整して、二人の攻撃が干渉しないようにする。


「左側を狙って!サーシャ、次は斜めに攻撃を伸ばす」

俺の指示で、サーシャの水魔法が斜めに伸び、敵の体勢をさらに崩す。エマは風を操り、鞭の軌道を強化し、敵を狙ったラインへ押し出す。二人の攻撃が完璧に重なり、敵はターゲット防衛から押し出される。


俺はさらに武器を手に取る。魔力で出現した大鎌で、敵が戻ろうとした瞬間の軌道を封じる。タイミングを計って「今だ」と合図すると、エマの風とサーシャの水が同時に命中。ターゲットは破壊される。

 

戦闘後、息を切らす二人の笑顔が心を温める。

「アルノア、ありがとう。私たちがうまく連携できたのは君のおかげだわ」

「そうだね。アルノアが間に入ってくれたから、魔法も生きた気がする」

その言葉に少しだけ胸が軽くなる。


しかし、教室や校庭の端からは、別の声が聞こえてくる。

「アルノアって、地味だよな……」

「連携できても単独じゃ使えないし」

視線の端に、自分を見下すような生徒の顔がちらつく。焦燥感が胸を締め付け、思わず拳を握る。


「俺は……本当に強くなれるのか」

不安が心を覆い尽くす一方で、仲間たちの信頼は確かに感じられた。自分の力は小さくとも、彼らの力を引き出せることは事実だ。

「この力を……うまく使えれば、俺もみんなと同じように輝けるはずだ」

小さくつぶやき、息を整える。


年月が過ぎ、学園での仲間たちの成長は著しい。ロイは炎を纏い、岩を拳で粉砕し、カインは雷の矢で正確に的を撃つ。サーシャは水を自在に操り回復まで、エマは風で戦場を自在に支配する。周囲は彼らの魔法に目を奪われ、自然と畏敬の念を抱く。


その横で、俺の魔法は依然として微力だ。全属性に適性を持つと言われるが、火はせいぜい灯火程度、水の魔法も小さな水球しか作れない。適応の個性も、戦闘では派手な成果を生み出すことはなかった。仲間たちは日々認められ、教師からも一目置かれる存在になりつつある。対照的に俺は、影に隠れるだけの存在だ。


「このままじゃ、取り残されるだけだ……」

胸の奥の焦燥が膨らむ。何度挑戦しても手応えはなく、仲間に頼るしかない現実が重い。

しかし、握りしめた拳の温もりが、わずかな勇気をくれる。

「いつか、必ず……俺も」


影の中で、自分の力を信じようと決めた。仲間たちの支えはある。だから、焦燥や不安があっても、諦めるわけにはいかない。


風が訓練場の隅を撫で、木々が揺れる。アルノアは見上げる。雲間から差す光が、胸に静かな希望を灯した。

「俺の力も、いつか必ず、みんなと同じくらい輝く……」

 

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