先読みの巫女と光の勇者
セシリア・バルト嬢の話題が世間を賑わせ、侯爵の再婚話が白紙に戻った頃のこと。
侯爵邸では久方ぶりに、幼い婚約者たちのお茶会が開かれていました。
話題はもちろん、ユリウス様の“お忍び大冒険”。
身分を隠して神殿学校に通い、授業を受け、生徒たちと親しくなり——そして、セシリア嬢との対峙。
事情は手紙のやりとりで知っているリリアーナお嬢様ですが、やはり本人から直接聞くお話は格別です。
お嬢様は、一つひとつの出来事に目を輝かせ、時に感嘆の声をあげ、時に息をのんで聞き入っておられました。
「本性を現したセシリアは、まさに魔女だった。リリィの予言の通りだよ。
だから……リリィは“先読みの巫女”かもしれないな!」
ユリウス様の高らかな宣言に、お嬢様は「まあ!」と身を震わせ、すぐさま目を輝かせます。
「実はね、エーデルシュタイン家は伝説の巫女の末裔なの。数代に一度、未来を見通す力を授かるのよ」
「正真正銘の巫女じゃないか!」
すでに当家には“伝説のご先祖様”が幾人もいらっしゃいますが、どうやら新たにお一人加わったようです。
お嬢様は両手を組み、祈りを捧げるような仕草をとり、ユリウス様に神託を下しました。
「ユーリはね……将来、剣でこの国を救うわ!」
「それは……勇者ってこと!?」
「そう。光の勇者様! でもね、光があるところには必ず闇もあるの……」
本日のお茶会は、どうやら“冒険ごっこ”の幕開けとなったようです。
幼い頃からの定番ゆえに、私たちも安心して眺めていられます。
ああ、いつも通りの日常とは、こんなにも愛おしく、尊いものだったのだと。二人の“冒険の支度”を整えながら、私は胸の奥でしみじみと噛みしめておりました。
——そしてある日。
私は仕事で神殿学校を訪ねました。
ユリウス様の冒険譚を聞かれたお嬢様が「私も神殿学校を見てみたい」と仰られたため、その打ち合わせのためです。
用件を終え、せっかくなので校内を見学させていただきました。……あの日の引っかかりを、どうしても自分で解消したかったのです。
ちょうど休み時間。
以前より、子供たちの表情が幾分明るくなったように見えました。
あの後、神殿学校には監査が入り、学校長や数名の教師は保護者との癒着が発覚して罷免。いじめも摘発され、加害者は退学になったと聞きます。
腐敗した空気は一掃され、学び舎はようやく本来の姿を取り戻しつつありました。
探していた人物は、裏庭にいました。
「テオ君、久しぶり。見学の時はありがとう。」
「……え、誰? ……! ユーリの姉さん!?」
そういえば、前回は子供の扮装をしていましたね。
「仕事始めたのか。……それよりユーリは!? 大丈夫だったのか!? あの後……。」
やはり彼には、あの別れが重く残っていたのでしょう。
ユリウス様の言葉は『セシリア嬢の報復から逃げるため、平民に戻る』と受け取られたはず。もし本当なら、その後の人生は危ういものでした。
「ユーリのことなんだけど、実は……」
私は真実を明かしました。
“庶子”を名乗っていた少年が、実は公爵家の若君であったことを。
「……はあ、よかった……! 本当に心配してたんだ。」
テオ君は肩から力を抜き、大きく息を吐きました。
そして照れたように笑います。
「言われてみれば、なんか堂々としてたもんな。納得だよ。」
私はユリウス様から託された封筒を差し出しました。
「これはユリウス様から。お手紙と……それから贈り物です。」
中には、名前を刻んだ一本のペン。
工房に特注して作らせた、ただ一つの品です。
手紙は、身分を隠していたことへの謝罪から始まり、最後はこう結ばれていました。
『どうか学び続けてほしい。
君が努力をやめない限り、学びの道は必ず開ける。
その時は、また胸を張って会おう』
テオ君の目がじわりと潤みました。
「……俺、頑張るよ。勉強を続ける。」
ペンを胸に抱きしめる彼の姿に、私の胸も熱くなります。
ユリウス様がご覧になったら、きっと誇らしく思われることでしょう。
——その後テオ君は、公爵家に新設された奨学金制度によって王立学園に進学。
リリアーナお嬢様とユリウス様の一年先輩として、“冒険”を支える仲間となったのです。




