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発言には責任を

 重厚な扉の奥、公爵家の執務室に腰掛けているのは、この国でも指折りの名門を率いるヘーゲル公爵様。隣には、いかにも切れ者といった秘書官たちが控えています。


 けれども、室内で最も存在感を放っていたのは——


「父上! どうかあの悪女、いや魔女を討伐してください!」


 机の前で足を踏み鳴らし、声を張り上げるユリウス様。

 しかも、お忍びの変装姿のまま。化粧筆で顔に描いたそばかすは汗でもうドロドロになっています。


 公爵様はこめかみに手を当て、秘書官は目を逸らし、執事は咳払いで場を取り繕おうとしています。

 明らかに——”困った息子の暴走”で収拾がつかなくなっている状態です。


「…エ、エーデルシュタイン家が侍女、マリーでございます。」


 私は子供服の裾をつまみ、恐る恐る一礼しました。

 よりによってこんな格好で、雲の上のお方に初めてお目通りするなど、一生の不覚でございます。


「すまんな、そなたにも不便をかける。」

 公爵様は低い声で謝辞を述べ、息子を見やります。


「見ての通り、熱が入りすぎる性分でな。そなたが見聞きした事を話してくれぬか。」


「は、はい…。」


 私は一度深呼吸をして、神殿学校でのことを順に報告いたしました。


 セシリア嬢は下級貴族の子供達を"貴族失格”と嘲笑していること。

 母君の権力を笠に着て神殿学校で横暴に振る舞っていること。

 ユリウス様に対し『顔が気に入ったから執事になれ』と迫り、断られると逆上して『家を潰す』と脅してきたこと。

 さらに『自分は侯爵と母の真実の愛の結晶だ』と虚言を弄したこと——。


 一つ一つ告げるたび、室内は重苦しさを増してゆきました。

 公爵様は頷きながら、要所で秘書官に筆を走らせています。


 全てを聞き終えると、公爵様は深く息を吐かれました。


「ユリウス」


「はい!」

 勢いよく返事をするユリウス様。


「まず、神殿学校の腐敗は正さねばならん。王都の教育に関わる大事だ。セシリア嬢とその母の言動については、証言を集めて裏付けを取る必要がある。侯爵家には、調査結果を踏まえて懸念を正式に伝えるつもりだ。……だがな。」


「だが?」

ユリウス様が身を乗り出します。


「婚姻や養子縁組を続けるかどうかは、あくまで侯爵自身の判断だ。それ以上踏み込めば内政干渉にあたる。」


 ユリウス様は唇を噛み、拳を震わせました。

「…そんな!では僕は、あの魔女には、何もできないというのですか!」


 すると、公爵様の口元に微かな笑みが浮かびました。


「まあ、あの小娘はじきに、自らの口から発した言葉の重さを思い知るだろう。」


「……?」

 私も、ユリウス様も、意味が分からず顔を見合わせました。


「ご苦労だった、マリー。下がってよい。

 エーデルシュタイン家への報告は随意に行え。明日から、貴家は忙しくなるだろうがな。」


 そう告げられ、私は深々と頭を下げて執務室を後にしたのでした。





——翌朝。

 公爵様が言っていた“思い知る”とは、このことだったのです。


 通いのメイドが買ってきた最新号のゴシップ誌。その一面を飾っていたのは、


【エーデルシュタイン侯爵に“隠し子”疑惑!?】


の大見出し。


記事によれば——


『本紙の取材で明らかになった衝撃の事実。

侯爵の“真実の娘”を名乗るのは、セシリア・バルト嬢。あの「心を育てる教育法」で名を馳せるバルト女史の実子である。

セシリア嬢は学友らに向かって、

『お母様は本当のお父様と真実の愛で結ばれているの。わたくしこそが本物の侯爵令嬢よ』

と断言していたという。』


──といった書き出しから始まっておりました。


そして筆はどんどん加速し、


『愛妻家の仮面をかぶった二重生活か!?』

『長年にわたる禁断の不倫愛!?』

『隠し子は実子リリアーナ嬢と同い年! “二人の令嬢”の運命やいかに!』


と、煽りに煽っています。


さらに“関係者談”として、

『母娘がかつて子爵家を追われたのは、父親の血筋を疑われたためではないか』

などと、憶測を事実のように並べ立てておりました。


 使用人控え室は騒然です。

 神殿学校の現場に居合わせた私に矢継ぎ早に質問が飛んできます。周囲に迫られるまま、 昨日の出張…ユリウス様とのお忍びの全容を白状させられました。


「はあ? つまり、このガキはユリウス様に正論パンチを喰らって、悔し紛れに話を盛ったってことか?」


……言い方は乱暴ですが、核心を突いています。


「この『小さい頃からバルト邸の別棟に通っていた』とか、『誕生日に旅行に行った』とか、記事にあるくだり。

私、聞いてないんですよ。私達が帰った後も延々と話を続けたんでしょうね…。」


「嘘を重ねて、引っ込みがつかなくなったんだろう。」


家宰も渋い顔でぼやきます。


「まだゴシップ誌の域だが、そのうち新聞記者も動き出すぞ。取材対応が必要だ。」


 その言葉の通り、日を追うごとに侯爵家はこの騒動への対応に追われることとなりました。



——記事が出たのはあくまでゴシップ誌。

問題は、貴族社会と一般市民の目にどう映るか、ということです。


 旦那様は当初、記事そのものをもみ消そうと尽力されました。

 しかし、セシリア嬢が神殿学校で発した言葉の証言は次々と集まり、「隠し子発言は事実だった」と、火消しが追いつかなくなったのです。


 そこで旦那様は、正面からの全面否定に踏み切られました。


『亡き妻以外に愛した女性はいない。

 再婚を考えたのは、あくまで娘リリアーナの母代わりを得るため。

 バルト女史との関係も、教育者としての縁を大切にしたに過ぎぬ。

 隠し子など存在しない』


……と。


 堂々とした声明は、新聞各紙にも掲載されました。

 侯爵の毅然とした態度は、多くの人々に「ゴシップ報道は流言だった」という印象を強く与えたようです。


 バルト女史の側もまた、

「互いに伴侶を亡くしてから知己となった」と主張。セシリア嬢の不用意な発言が誤解を招いたのだと釈明しました。


 証拠も裏付けも出てこない以上、“ダブル不倫疑惑”は、双方の釈明を持って沈静化の方向へ向かいました。



 ただしかし、残念ながら騒動はここでは終わりませんでした。世間の興味の対象はセシリア嬢自身へと向けられたのです。


「神殿学校での傲慢な態度」

「母親の権力を笠に着た横暴」

「同級生へのいじめ」

「気に入らない教師の追放」


 記者達が取材するなかで浮き彫りになったのはセシリア嬢が神殿学校で引き起こした諸問題。目撃証言は次々と拾い上げられ、続々と記事になっていきました。


 当初の“隠し子”疑惑はどこへやら。話の焦点はいつしか、神殿学校を舞台とした"有名人の娘の素行不良”スキャンダルに様変わりしてしまいました。

 母であるバルト女史も、学校へさまざまな圧力をかけていたことが世間の目に晒され、教育者として、母としての資質に疑念を呈され始めます。


 さすがのバルト女史も狼狽されたのでしょう。

『娘の学びの幅を広げるため』と体裁を整え、セシリア嬢を国外留学させると発表しました。


 もちろん実際には“火消し”のための国外退避。

 女史自身も『母として同行する』と言い添え、母娘揃って逃げるように王都を後にしたのです。



 かくして、侯爵の再婚話は白紙に戻され、お嬢様が“悲劇のヒロイン”になる未来は回避されました。

 エーデルシュタイン侯爵家は再び、安寧な日常を取り戻したのです。

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