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少女の正体

***

【セシリア・バルト嬢に関する報告】

 子爵令嬢として生まれるも、三歳で父が急逝。

 母娘は家督を継いだ叔父に追い出され、母の実家、バルト男爵家へ転籍。当主直系ではないため法律上は平民であり、 現バルト男爵の姪にあたる。

 母は生活のために始めた家庭教師業が評判となり、今では“心を育てる”教育法の提唱者として講演活動をするなど、教育者として名を馳せている。

 娘のセシリア嬢は七歳から神殿学校に通い、成績優秀で真面目。教師たちからの評判も上々──。


***


 この報告書は、旦那様からヘーゲル公爵家へ送られたものです。

 ユリウス様から読ませて頂いた時、よくできた小説のあらすじのようだと思いました。


 不遇の人生に負けず努力する母娘。やがて母は高名な教育者となって社交界で注目を集め、ついには先妻を亡くした侯爵様に見初められる…。

 ええ、美談です。ですが、どこか作り物めいていませんか?

 世間から再婚を祝福してもらえるよう、旦那様が印象操作に励んでいるのでは、と勘繰らずにはいられません。

 


 では、実際のセシリア嬢はどのような人物なのでしょう。

 同級生の口から語られる姿は、報告書とはまるで違っていました。


「関わらない方がいいよ。町の子とつるんで、私たちを“貴族失格”って笑うんだ。『わたくしは本当は子爵令嬢なのよ』ってね。」


「今じゃ平民のくせにな。…でもそれを馬鹿正直に指摘した子は、結局いじめられて学校に来れなくなっちゃった。」


 虚栄心が強く、格下と認識した人間に加害的という人物像が浮かび上がってきます。付き従う取り巻きの存在も、問題に拍車をかけています。

 また、高名な母親の威を借り、幾度もトラブルを起こしてきたとのこと。


「何かあれば『お母様に言いつけてやる』が口癖でさ。しかも、それで本当に学校に乗り込んでくるんだよ、セシリアの母さん。」


「前は注意してくれる先生もいたんだけど、あの母親が学校長に何か言って、辞めさせられちゃった。今はもう、やりたい放題だ。」


 もしこれが事実なら、セシリア嬢の母親であるバルト女史自身も品位を疑われかねません。親としても、教育者としても。

 もしかすると、教育者として高名なバルト女史の強い干渉が先生たちを萎縮させているのかもしれません。

 成金少年達があれほど増長している理由も、セシリア嬢の”教師からの評判”がやけに賞賛に満ちている理由も、そうと考えれば妙に納得がいきます。



 噂話をする我々の視線の先、セシリア嬢ご本人は、教室の中央で机の上に腰を掛け、周囲に子供たちを侍らせて演説中のようです。


「わたくしは、こんな場所にいる人間ではないってずっと言ってきたでしょう? これでようやく、本当の世界に行けるの!」


 取り巻きたちに「さすがセシリア様!」「すごい!」と持ち上げられて、誇らしげにツンと顎を上げています。

 まるで女王様のようですね。



 そんな彼女がふとこちらに気づき、ふっと微笑んだかと思うと、取り巻きを従えて、ユリウス様の前につかつかと歩み寄ってきます。

 教室の空気がぴんと張り詰めました。


「ねえ新入り。…お前、わたくしの執事になりなさい。エーデルシュタイン侯爵家で雇ってあげるわ。わたくしの隣に侍るにふさわしい顔だもの。」


 第一声からこれでございますか。なんと傲慢な。


「断る。」

 あっさりと拒絶するユリウス様。セシリア嬢の笑顔が、ぱきりと音を立てて割れた気がいたしました。


「このわたくしの申し出を、断るですって? 身の程知らずもいいところね! お前の家など、侯爵家の力で簡単に潰してしまえるのよ!」


「おお…!」「取り潰しだぞ!」

 取り巻きの子供たちが面白がって囃し立てます。本来は貴族家のお取り潰しなど、笑い事では済まされない話なのですが。

 ユリウス様は一歩前へ進み、冷ややかな声で返しました。


「侯爵家の養女にそんな権限はない。勝手に執事を雇うことも、他家を潰すこともできない。」


「な、なんですって…!」


「いいか、みんな。こいつの言葉は真っ赤な嘘だ! 養女になったからって、侯爵家の力を思い通りに使えるわけじゃない。騙されるな!」


 教室全体に向けたその一言に、下級貴族の子供たちは「たしかに…」「だよなぁ」とざわめき始めます。

 セシリア嬢の顔が見る見る歪みました。


「う、うるさいっ! わたくしは養女なんかじゃなくて…本物の…そう、“本物のエーデルシュタイン侯爵令嬢”なのよ!」



———本物のエーデルシュタイン侯爵令嬢。

教室が一瞬、しんと静まり返りました。


「…よくも言ったな。」


 ユリウス様の声色が変わりました。

 セシリア嬢は超えてはならない一線を超えてしまいましたね。

 エーデルシュタイン侯爵令嬢は、ユリウス様の大切な婚約者、リリアーナお嬢様ただお一人なのですから。

 

 お忍びの“ユーリ”の仮面を完全に脱ぎ捨てたユリウス様。燃えるような怒気を纏いながら”侯爵令嬢を騙る偽物”を問い詰めます。


「見え透いた嘘をつくな。お前、生まれは子爵令嬢だろ。」


「そ、それは…真実の愛で結ばれていたのよ! 本当のお父様が今になって、ようやくお母様とわたくしを迎えに来てくれたの! お父様はわたくしに甘くて、何でも言うことを聞いてくれるんだから!」


 嘘に嘘を重ねて、坂道を転げ落ちるように言葉が暴走していく。

 彼女の虚言は、奇しくもリリアーナお嬢様の不安が紡ぎ出した物語と一致しておりました。


「とにかく!お前の家だけは絶対に潰してやるわ!

 お母様にも言いつけてやるから、後で後悔しないことね!」


 ふん、と鼻を鳴らして席に戻るセシリア嬢。けれど取り巻きたちは唖然としたまま、誰一人として彼女の後を追いませんでした。

──もはや、女王の威光は失墜したのです。




「もう十分だ。帰るぞ、マリー。」


 ユリウス様はきっぱりと仰いました。仰る通り、調査としてはこれ以上望むものもありません。


「帰るのか?」


 荷物をまとめていた私たちを、テオ君が気づいて声をかけてきました。

 さっきまでの騒動の余韻で、まだ教室全体がざわざわしています。


「ああ、家に説明しなくてはいけないから。今日は世話になった。ありがとう。」


「……大丈夫なのか?」


 テオ君の顔には心配がありありと浮かんでいます。


「あれだけ喧嘩を売ったら、少なくともセシリアの母さんからは攻撃がくるぞ。」


「元いた所に戻るから大丈夫だ。心配するな。」

 ユリウス様は、達観したような笑みで言い切りました。


「もう神殿学校へは来られないと思う。でも、僕はここに来たことを一生忘れない。テオのことも。」


 その言葉に、テオ君は目を潤ませました。

そして、自分のポケットを探り──小さな銅貨を数枚、ユリウス様の掌に押し込みました。


「少ないけど…何かの足しにしろ。俺も、ユーリの事を忘れないから。」


「……テオ。ありがとう。大切にするよ。」


 下級貴族の子供にとって、なけなしのお小遣いのはずです。ユリウス様はその銅貨を握りしめました。

…なんと心打つ別れ。ただの潜入調査のはずが、こんなに眩しい友情の場面に出くわすなんて思いもよりませんでした。


「じゃあ。元気でな。」

 手を振り合い、私たちは神殿学校をあとにしました。

 帰路の馬車の中、ユリウス様は一言もお話しになりませんでした。拳は固く握りしめられ、先ほどの銅貨がその中でかすかに鳴っておりました。




──お忍びの成果は十分すぎるほど。

 セシリア嬢の虚栄と傲慢、そして彼女の母親の横暴の実態に触れてしまったユリウス様は、いてもたってもいられなかったのでしょう。


「父上に報告に行ってくる。マリーはまだこの屋敷内で待っていてくれ。」


 公爵邸に到着するや否や、ユリウス様はお忍びの格好のまま公爵様の執務室へと足早に向かわれてしまいました。 私は控え室に通され、所在なく腰掛けております。


 今回の件について、エーデルシュタイン家とリリアーナお嬢様にはどう報告して良いやら…。

 思案に暮れる私の耳に、ふとユリウス様の大声が漏れ聞こえてきました。


「父上!あいつはとんでもない悪女です! いや、魔女かもしれません!リリィのために、いますぐ討伐を!」


……。どうしましょう。

 大人達はユリウス様の発言に困惑しきりであるに違いありません。


 しばらくして、扉がノックされました。入ってきたのは見知った公爵家の侍従です。


「マリー殿。公爵様があなたからも事情を聞きたいと仰せです。どうぞこちらへ。」


「はい…。」

 やはり、そうなりますよね。

 立ちあがろうとして、ふと目に入ったのは自分の足元。スカートの裾から靴下の間、脛の部分はむき出しです。非常にまずい状況に気づきました。

 今日の私は子供服におさげ髪。実年齢より5歳は幼くした“神殿学校の生徒”の格好なのです。

──これで公爵様にお目通りしろと!?


 「せめて着替えを…」 と懇願してみましたが、侍従は「お急ぎですので」と申し訳なさそうに首を振るばかり。


 こうして私は、羞恥を抱えたまま、公爵様とユリウス様の待つ執務室へと足を踏み入れることになったのでございます。

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