変化した役目
使用人交代の引き継ぎは、寮にあるリリアーナお嬢様の私室で行われました。
後任となるのは、アンネさん。
侍女見習いだった私に、仕事のやり方を一つひとつ根気強く教えてくださった方です。
私生活では、私より年上のお子さんがいらっしゃる、大先輩でもありました。
もともと同じお嬢様付きの侍女同士。
申し送り事項といっても、この数ヶ月の学園でのお嬢様のご様子を確認する程度です。
「……以上です。」
「ええ。お疲れ様でした。」
それだけで、引き継ぎは終わってしまいました。
私などいなくとも、お嬢様の生活は少しも揺るがない。その事実に、胸がチクリと痛みます。
使用人としては、それで正しい。
理解はしているのに、感情は追いつきません。
そんな私の心情を察したのでしょう。
アンネさんは、私をまっすぐ見て静かに言いました。
「しっかり学んで、戻っていらっしゃい。」
「はい。ありがとうございます。」
私は、それ以上の言葉を見つけられませんでした。
学園を卒業できれば、お嬢様が成人なさった後も、正式な侍女としてお仕えできる。
今回の措置は、間違いなく、私の将来を見据えたものなのですから。
引き継ぎを終えたその足で、私は編入手続のために学園の事務棟へ向かいました。
「グリム男爵家の長女、マリーでございます。」
実家の家名を口にするのは、どれほど久しぶりだったでしょう。
自分の名前のはずなのに、どこか他人のもののように聞こえます。
担当者は私の年齢と家名を一度だけ確認し、淡々と書類を進めました。
「グリムさん。入学おめでとうございます。
今日から貴女はここの学生です。規則を守り、勉学に励んでください。」
定型通りの祝辞の後、入寮の案内、学用品の説明が続き、最後にその方は事務的な口調で付け加えました。
「授業の代わりに試験を受けて単位を取得することも可能です。希望があれば、早期卒業も認められています。」
成人を過ぎてからの入学。
学園にとって、私のような存在は決して珍しくないのでしょう。
私は深く一礼し、事務棟を後にしました。
私に割り当てられた部屋は、下級貴族用の四人部屋でした。
もともとは三人で使われていたそうですが、扉の脇にはすでに私の名札が一番端に掛けられています。
学園側の配慮なのでしょう。
同室者は全員、侯爵家傘下の家のご令嬢達でした。
入室した私の顔を見た瞬間、彼女達は小さく息を呑み、すぐに姿勢を正しました。
皆、『リリアーナお嬢様の侍女』としての私を知っているのです。
「本日から、こちらのお部屋でお世話になります。」
そう声をかけると、三人は困惑げに顔を見合わせました。
「もしかして……グリム男爵家のマリー様、ですか?」
名札は見ていても、それが私だと結び付かなかったのでしょう。
一番年若い子が、恐る恐る尋ねてきます。
「侍女は……お辞めになったのですか?」
率直な問いでしたが、無礼な感じはありません。
彼女からは、ただこの状況をどう受け止めればいいのか分からないという、戸惑いばかりが滲み出ています。
「侯爵家を辞したわけではありません。
日常のお世話役は別の方に交代し、わたくしは学生として、リリアーナ様のおそばに控えることになったのです。」
事情を説明すると、三人は皆、納得したように頷きました。
「なるほど……妙案ですわね。」
「それなら、心強いです。」
そう言ってもらえたことに、胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなりました。
そして夜。
入浴の支度を整えようと、いつもの癖で動き出した、その時でした。
「マリー様。皆で交代でやるんですよ。」
慌てて制止され、私は足を止めます。
この寮室内に、私の『業務』はありません。
指示を待つ必要も、先回りして整える必要もない。
あるのは、学生としての居場所だけ。
それが少し心許なくて、同時に新鮮でもありました。
考えてみれば、お嬢様のお休みの支度を整えることも、明日の予定を確認することも。
もう、私の担当ではないのです。
明日の朝からは、新しい役目が始まります。
お嬢様のクラスメイトとして、そのお側に控えるというお役目が。
それが楽しみでもあり、また大きな不安でもありました。
こうして、私の学園生活は静かに幕を開けたのです。




