新学期の異変
季節は移り、リリアーナお嬢様の夏季休暇の終わりがやって来ました。
侯爵家を揺るがしたお家騒動はひとまずの決着を見ましたが、その騒動の発端となった問題はまだ解決していません。
第二王子妃候補の件です。
王家は、アルノルト王子とカトリーナ嬢との婚約を維持したままで、別の高位貴族令嬢との縁組を執拗に模索し続けていました。
噂では一通りの高位貴族家には断られたそうですが、それでもまだ、非公式な接触や、調略と呼ぶほかない働きかけを続けていると聞きます。
そのなりふり構わない振る舞いは、非常に不気味でございました。
王家から何を仕掛けられるかわからない。高位貴族の間には、そんな緊張感が続いていたのです。
学園へ戻る前夜。
旦那様は、リリアーナお嬢様を前に、珍しく強い口調で念を押されました。
「ユリウス君と二人で、必ず行動するように。
仲の良い婚約者であることをはっきりと示せ。」
当家だって、決して標的から外れたわけではないでしょう。旦那様の危惧も尤もでございました。
さて。久しぶりに戻ってきた学園は、明らかに様子が変わっておりました。
家格の高いご令嬢の姿が目に見えて減っていたのです。
留学。
領地の手伝い。
療養。
表向きの理由はさまざまでしたが、実態は誰の目にも明らかでした。
第二王子のお目に止まらないようにするため。
万が一にも恋仲と噂されぬよう、学園から距離を取ったのです。
学園に通えない不利益と、王子妃に指名される危険。
その二つを天秤にかけた選択だったのでしょう。
王家の手当たり次第の打診は、学園という場にまで、確かな影を落としていました。
そんな中で。
ユリウス様が、一つの案を口にされました。
「……マリーも、一緒に学園に通わないか?
生徒として。」
一瞬、意味が分かりませんでしたが、説明を受けて納得しました。
連れて行ける使用人は各家で一人までと決まっています。
それを別の侍女と交代し、私を“学生”としてリリアーナお嬢様の側につけ、身を守る人間を増やそうという策でした。
成人を過ぎてからの入学は珍しくはありますが、前例がないわけではありません。
学園は社交と人脈形成の場であるという考えのもと、多くの方が十三歳で入学し、成人となる十六歳で卒業しますが、就学年齢に上限はないのです。
ユリウス様のその案は、旦那様と大奥様に驚くほどあっさりと受け入れられました。
「本来なら、侯爵家の侍女は学園卒業生が望ましい。」
「将来、侯爵夫人に仕えるなら、なおさらね。」
むしろ、これまで私がお嬢様付きの侍女を務めていたことの方が、例外だったのでしょう。
私が十三歳で侍女見習いに採用されたのは、ひとえに当時の侯爵家の事情。
母君を亡くされ、寂しがっておられたリリアーナお嬢様に、年の近い遊び相手兼世話役を……と、大奥様が配慮なさった結果です。
お嬢様が成人された暁には“きちんとした侍女”で周囲を固め、役目を終えた私には縁談を世話されるおつもりだったのだとか。
けれど今回の提案を受け、私を「そちら側」に仕立てるのも悪くない、と大奥様は考えを改められたそうです。
私にとっては、まさに望外の機会でした。
こうして私は学園に編入し、リリアーナお嬢様の侍女でありながら、クラスメイトでもあるという、少々奇妙な立場になったのです。
正直に申し上げれば、戸惑いの方が大きいです。
学園に通えないと知った日から、私は貴族としての将来を諦めてきました。
家がもっと裕福であれば。
兄弟の生まれ順が違っていれば。
どうにもならない現実を思って、何度枕を濡らしたことか分かりません。
しかしそれはもう遠い過去のこと。
今更、自分が男爵令嬢の身分を使うことになるなんて思いもしませんでした。
葛藤は、確かにあります。
それでも。
学園という名の戦場へ。
私は立場を変えて、踏み入れたのでございます。




