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イライザ視点2:本当の世界

 ヘーゲル公爵夫人とお会いして、わたくしは、自分の考えがどれほど甘かったのかを思い知らされた。


「あなた自身は、何ができるの?」


 その一言に、わたくしは答えられなかった。


 馬車の中で、必死に考えた。


 今のわたくしには、誇れるものがない。

 勉強も、社交も、まだこれからだもの。


 それなら、未来に賭けてもらえないかしら。


 役に立てばいいのよね。

 例えば、皆が嫌がる役目を引き受けるとか。


 そうだわ。

 お姉様がなりたがらなかった王子妃に、代わりになって差し上げればいい。

 誰も望んでいないのなら、きっと感謝してもらえるはずよ。


 そう、信じて。

 わたくしは、王城へ向かった。




 とても良い考えだと思っていたのに。

 王城では何一つ、通じなかった。


 門で応対した人は、難しい顔をしていた。

 しばらく待たされた後に、告げられたのは、わたくしが勘当されている、という事実だった。



 子爵令嬢ですらなくなったわたくしは、平民になった。


 そこからは、全てが変わってしまった。

 冷たい床、硬いベッド、粗末な食事。


 「ここから出して」と訴えたけど、兵士たちは首を横に振った。


「それだと君はすぐに死んでしまう。」

「仕事もなく、住むところもないだろう?」

「水も食事も、頼んだって出てこないんだぞ。」


 その言葉で、ようやく理解できた。

 わたくしは、ずっと勘違いしていたことを。


 生まれは不公平。

 世界は、最初からそういう仕組みだった。


 そして、その仕組みの中で生き抜く力を、わたくしは、何一つ身につけてこなかった。


 その事実に打ちのめされていた頃、伯父様の迎えがやって来た。





 修道院の朝は、早い。


 まだ空が明けきらないうちに鐘が鳴り、

 皆で礼拝堂に集まる。


 祈りの時間だけは、全員が同じだった。

 でも、祈りが終わると、世界は分かれる。


 奥の回廊へ向かう人たち。

 静かな個室で読書や刺繍をする、貴族の修道女たち。


 わたくしは、反対側へ行く。


 洗濯場。

 台所。

 床磨き。


 水は冷たくて、指はすぐに荒れた。

 これが、現実だった。


「……貴女、本当はあっち側だったんでしょう?」


 隣で下働きをしていた女が、呆れたように言った。


「暖かい部屋で、のんびりお茶を飲む側だったのに。……馬鹿ねえ。」


 そう言われ、胸の奥で何かが崩れた。

 我慢していたものが、一気に溢れた。

 泣いて、泣いて、止まらなかった。


「大丈夫よ。」

「ここは、泣いていい場所だから。」


 シスターたちが集まり、背中を撫でてくれた。


「自分ではどうしようもないことも、確かにあるわ。」


 年配のシスターが、静かに言った。


 周囲の人たちも皆、何かを失ってここに来ていた。

 誰も、わたくしを責めなかった。 

 ただ、ここにいる仲間として扱ってくれた。



 しばらくして、平民用の区画が、少しずつ整っていっていることに気づいた。


 雨漏りしていた天井は修理され、

 窓の隙間風は減り、暖かい毛布も配られた。

 暖炉用の薪も買う事ができた。


 そのお金は、おばあ様……エーデルシュタイン侯爵家の大奥様の寄進から出ていた。


 本来は、わたくしを貴族区画に入れるためのお金だったそうだけど。

 冬に凍えなくてすむって喜んでいる仲間達を見て、皆のために使えてよかったと、そう思えた。


 お母様からも荷物が届いた。実家の男爵家に居候して、生活も楽じゃないはずなのに。こまごました生活用品と、お小遣いまで入っていた。


「貴女が元気なら嬉しいです。」

 手紙はそれだけ。でもそれで十分嬉しかった。




 あの頃のことも、たまには思い出す。

 わたくしは、お姉様と自分をくらべて、妬んでばかりいた。

 周囲の注目を集めていたのはお姉様だったけど、わたくしのことを見てくれていた人も、確かにいた。

 気づいたのは、すべてを失ったあとだったけれど。





 後年、エーデルシュタイン領の片隅に、小さな孤児院が設立された。


 院長を務めた修道女は、身寄りのない子どもたちをよく理解し、厳しくも温かく育てたという。


 その修道女が、かつて貴族であったことを知る者は少ない。


 ただ、院に残された古い記録の片隅に、こんな一文があった。


『彼女は、誰よりも生まれの差が人を傷つけることを知っていた』

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