彼女の行き着く先
イライザ嬢の足取りは、全くといって良いほど掴めませんでした。
誘拐であれば、脅迫状なり、身代金の要求なりが届くはずです。
しかし、そういった類のものは一切なく。
馬車も、御者も、まるで魔法のように消えている。
まさしく、異常事態でした。
それにもかかわらず、父親であるエーデルシュタイン子爵は、娘の安否を気遣う様子すら見せず、まるで厄介事を振り払うかのように、切り捨てを選んだのです。
あの夜。
当家からの使者と、ヘーゲル公爵家からの詰問の使者は、ほぼ同時刻に子爵邸を訪れたと聞いております。
自分の立場が危ういこの時に、娘の不始末まで背負う余裕はない。
……子爵はそう判断したのでしょう。
「イライザは帰ってきていない」
「そんな娘は、すでに勘当した」
「私には、関係のない話だ」
そう言い放ち、両者を強引に屋敷から追い返したのでした。
両家の使者は言葉を失い、憤りを隠しきれぬまま屋敷を後にしたそうです。
生家に見捨てられ、事実上の平民となったイライザ嬢。
見つけて連れ戻したところで、利用価値など、もはやございません。
それでも、その身に流れる血だけは、確かに侯爵家ゆかりのもの。
何者かに勝手に利用される事態だけは避けねばならず、行方の捜索は侯爵家主導で続けられることになりました。
それは情ではなく、責任と呼ぶべきものでした。
「……騎士団は、頼れないわね。」
お嬢様は自室で、ぽつりとおっしゃいました。
犯罪に巻き込まれた可能性は否定できないとはいえ、すでに平民となった元令嬢の失踪です。
騎士団が本腰を入れて探すとは、到底思えません。
ましてや、修道院行きが決まっていた娘。
世間的には、家出人として処理されるのが関の山でしょう。
「イライザを匿うメリットのある家なんて、実際ないのよね。」
「外国貴族の養女を狙って国境を越えたり、という線は……。」
「でも、あの子。語学はあまり……。」
お嬢様は、イライザ嬢の行き先の可能性を、ひとつずつ思い浮かべては消しておられました。
私たち侍女も、それに追随する形で口を開きます。
「市井に紛れて働く……いえ、あの方のプライドが許しませんわね。」
「神殿に庇護を求めるのは、修道院と変わりませんし。」
「御者と駆け落ち?……さすがに、それは……。」
考えれば考えるほど、行き先は失われていきました。
その時です。
お嬢様が、冗談めかしてふっとおっしゃったのは。
「まさか、王家に直訴していたりして。
わたくしは、王家の養女にふさわしい存在です!って。」
一瞬、室内が静まり返りました。
イライザ嬢がそう叫ぶ姿が、容易に脳裏に浮かんでしまったのです。
次の瞬間、堪えきれない笑い声が漏れました。
「いやいやいや。」
「公爵令嬢がダメなら王女で!は、流石に。」
「不敬罪、一直線ではございませんか。」
「もしやっていたら、今頃、城内は大騒ぎでしょう。」
一般の貴族令嬢が王城を訪れる機会など、一生に一度、デビュタントぐらいのもの。
登城許可もなく、身分証もなければ門前払いされて終わりです。
「さすがに、ないわよね。いくらイライザでも。」
お嬢様も笑われました。
あり得ない。
誰もが、そう思ったのです。
お嬢様には申し上げませんでしたが。
大人たちは、彼女の流れつく場所として可能性が高い場所を知っていました。
娼館。
あるいは、それに類する場所。
世間知らずの貴族令嬢です。
助けるふりをして近づく者など、いくらでもいるでしょう。
遅かれ早かれ、騙されて売られるのではないか。
旦那様たちもまた、その可能性を念頭に置いて探されているようでした。
そうして、誰もが、それぞれの沈黙に沈んでいた……まさに、その時です。
家宰のグスタフさんが、明らかに様子を変えて入って来られました。
「お嬢様。旦那様から、知らせが……」
その一言で、室内の空気が一変しました。
嫌な予感、という言葉では足りません。
お嬢様と、視線が合います。
「……見つかったの?」
お嬢様の問いに、グスタフさんは一度、言葉を選ぶように息を整え。
「自らを『エーデルシュタイン子爵令嬢』と名乗る、身元不明の娘が、王城で拘束されているそうです。」
誰の顔からも、血の気が引きました。
お嬢様は、乾いた声でおっしゃいます。
「……まさか、ほんとうに行くなんて。」
その言葉は、そこにいた全員の心を代弁しておりました。




