王家の返答
今回の王家による内政干渉について、エーデルシュタイン侯爵家は、正式な抗議文を提出いたしました。
その返書が王家から届いたのは、子爵家を分家から外す処分を公にした、翌々日のことでございます。
白地に金の縁取りが施された封筒。
差出人は、王妃殿下。
形式に則った、いかにも格式の高い書状でした。
しかしその内容たるや、読み進めるほどに胸を逆撫でするものでございました。
『この度は、わたくしの意が行き違い、侯爵家に誤解を招いたこと、大変残念です。』
今回のことは、あくまで当家の誤解だと主張。
冒頭からして、謝罪の意思がない事が明白です。
続く文章には、こう記されております。
『王家としては、貴家の内情に干渉する意図は一切ございませんでした。
あくまで、リリアーナ嬢を王家に迎え入れる場合、血の近いイライザ嬢が後継として選ばれることは自然であると考え、現時点での婚約の有無などを確認する調査を行ったにすぎません。』
後継者の決定権はあくまで当主にございます。
まして、分家の令嬢の婚約者の有無など、本家に一言確認すれば済む話です。
それを承知の上で、なお「調査」と言い張る。
あまりに白々しく、そして、侯爵家を軽んじていることが透けて見えました。
この時点でも、侯爵家の皆様の怒りは沸騰寸前でございましたが……。
真に問題だったのは、その先でございました。
『今回の件をきっかけに、血を分けた兄弟の縁を断つなど、あまりにも悲しいことです。
家族とは、愛をもって支え合うべきもの。
感情に流されず、兄弟仲良く歩まれることを王家は願っております。』
「……よくも、まあ!」
大奥様が、扇を握りしめながら呟かれます。
扇の骨がピシリと音を立てる音が響きました。
「主家を飛び越え、分家を焚き付けておいて。
その上で、“誤解でした”“兄弟仲良く”ですって!?」
お嬢様は、唇をきゅっと噛みしめておられました。
「王家は、叔父様を庇うおつもりなのかしら。」
「いや、あちらからしたらミハイルなど捨て駒だ。庇う価値もない。」
旦那様はそれを鼻で笑われた後、苛立ちを押し殺した声で、続けられました。
「内政干渉を認めたくないがために、綺麗事を並べてこちらに矛を収めさせる気だ。
本当に……呆れてものが言えん。」
子爵を復籍させよと命じれば、それこそ完全なる内政干渉。
ですから、王家は“願い“という形で、暗に圧力をかけてきたのでございます。
一昔前ならば。
王家の意向に逆らうなど無礼だと、エーデルシュタイン侯爵家はきっと槍玉に挙げられていたに違いありません。
しかし近年、王家への疑念と反発は、確実に広がりつつあります。
この一連の騒動は社交界を駆け巡りましたが、貴族たちの見方は、明らかに侯爵家寄りでした。
政敵ですら、あからさまに噛み付く事はなかったのです。
そして、皮肉な事に。
一見、王家が子爵を庇護しているかのような声明が出たことで、子爵が短絡的な行動に出る可能性は、むしろ低くなりました。
彼は、様子見を選んだのです。
「……では、今、一番追い詰められているのはイライザね。」
子爵は自分のことで手一杯なのか、娘の処遇について、目立った異議を唱えてはおりません。
現在、修道院の受け入れ準備が整うまでの間、イライザ嬢には自室で所持品を整理する時間が与えられております。
貴族令嬢としての待遇が守られるよう、大奥様が修道院に相当額の寄進をされたとも聞きました。
ですが、リリアーナお嬢様を取り巻く、華やかな世界を羨み続けてきたイライザ嬢のことです。
静かな祈りの生活など、素直に受け入れるはずがない。
お嬢様も私も、そう確信しておりました。
そして、その予感はほどなく現実となりました。
ある日の夜。
家宰のグスタフさんが、慌ただしく夕食の場に現れました。
「旦那様。ヘーゲル公爵家から急ぎのご使者が。」
婚約者であるユリウス様のご実家であり、色々と協力関係にある両家ですが、急使とは只事ではありません。
「要件は?」
旦那様の問いに、グスタフさんは一礼し、困惑した表情で告げました。
「……イライザ様が、先ぶれもなく公爵家を訪れ、養女にして欲しいと直談判されたとのこと。」
「……!?」
お嬢様が、息を呑まれました。
「公爵夫人が応対され、こちらにも一報をくださったようです。」
「わかった。すぐ向かう。」
旦那様は席を立ち、使者の待つ応接室に急ぎ向かわれました。
沈黙が、重く落ちます。
最悪の形で、予感は的中しました。
逃げ出さないよう、見張りをつけていたはずなのに。
追い詰められた令嬢は想像以上の行動力を持っていたようです。
この時、私たちはまだ知りませんでした。
イライザ嬢の暴走が、彼女自身のみならず、子爵家の運命を決定的に歪めるということを。




