侍女と令息の潜入調査、その2
大聖堂の敷地内にある神殿学校。木製のシンプルな長机と長椅子が並び、黒板は年月を重ねて粉で白くくすんでいます。授業前の教室は、子供達の笑い声や言い合いでにぎやかです。
私が通っていた頃と何も変わっていません。懐かしいですね。
「見学の子が来たの。だれか隣で教えてあげてくれる?」
先生の声に、「じゃあ俺が!」と名乗り出たのはテオ君という少年。父君がなんとユリウス様のご実家──ヘーゲル公爵家に仕えているそう。私とユリウス様の”設定上の父”も公爵家勤めですから、親近感もあるようです。
ユリウス様こと、“ユーリ”は、テオ君の助けを素直に受け入れて授業に臨みます。
楽勝なはずの算術も書き取りも、わざとつっかえたり、答えを悩む振りをしてみたりされているのはご愛嬌です。
一緒に教科書を読んだり、指名されて答えたり、「大勢で一緒に学ぶ、というのも楽しい」となど仰いながら楽しそうに机に向かわれていました。
──そして休み時間。
教科書や勉強道具の片付けをしていると、着飾った少年がお供を二人引き連れて近寄ってきました。
刺繍、フリル、キラキラ光る透かし彫りのボタン。装飾過多で品がないと思ってしまうのは、高位貴族家で働いているうちに目が肥えたからかもしれません。
この子達は多分、成金商人の子供とその取り巻きでしょう。
「おい新入り。男爵家の庶子なんだって? いい顔してんなぁ。“愛玩用”かよ」
「ははっ! 寝所で××してりゃ暮らせるんだ。勉強なんか要らねぇじゃん!」
成金少年の発言に取り巻きはげらげら笑い、さらに下卑た言葉を投げつけてきます。
聞くに堪えない下品な冗談──いや、侮辱です。
先生も近くにはおらず、彼らを咎める大人はいません。教室の空気はどんより沈み、生徒たちは下を向いています。
「……なんだと。」
ユリウス様の琥珀の瞳が怒りに燃え上がります。立ち上がろうとする彼の腕を、私は慌てて押さえました。
「ユーリ、駄目よ!」
今の私たちは“庶子の姉弟”。ここで騒ぎを起こすわけには参りません。
頭を下げる私を見て、三人は「姉ちゃんに庇われてやんの、ダッセぇ!」と勝ち誇ったように笑い、去っていきました。
私が通っていた頃は、ここまで荒れていませんでしたのに!
おそらくあの子の家は寄付金を沢山積んでいるか何かで、生徒達はおろか、先生すら彼らを注意できない状況なのでしょう…。神殿学校も落ちたものです。
公爵家の若君にとって、明け透けな悪意に晒されることなど、初めてだったに違いありません。……しかもあんなに下卑た侮辱まで。
むりやり怒りを堪えた後のユリウス様は、意気消沈のご様子で深く俯いておられました。
その背を支えるように、テオ君が声をかけます。
「……気にすんなよ。あいつらは毎回吊し上げる誰かを探してるんだ。今日はたまたまお前だっただけさ。」
周囲にいた下級貴族の子供たちも、気遣うように集まってきます。
「俺らも“貴族失格”だしな。よく馬鹿にされるんだ。」
「貴族に合格も失格もないだろ?」
不思議そうに首をかしげるユリウス様に、子供たちは苦笑します。
「本来なら貴族の子は家庭教師から学ぶんだよ。ここにいるのは、家庭教師を雇って貰えない子ってこと。」
「純粋に金がないか、うちみたいに“後継ぎ以外は勝手に生きろ”って切り捨てられたか、だな」
テオ君も、自分ちも同じだ、と言います。
「上の兄さん二人は王立学園まで行けたけど、俺は五男だから放置だよ。ここで学べるだけマシさ。」
理由は様々ですが、彼らは皆、”教育投資”をして貰えなかった子供達。それでも愚痴を言い合いながら支え合い、なんとか未来を切り開こうとしているのです。
「……君たち、立派だよ。僕、こういう世界があるなんて知らなかった。」
こう言う子たちの存在を知ることは、将来のユリウス様には糧になることでしょう。潜入調査の副産物としてはなかなかの経験だったと思われます。
──さて。
本来の目的である養女候補の調査もしないといけません。私は情報収集とばかりに隣の女の子と会話を交わします。彼女も下級貴族の令嬢とのこと。
「私が引き取られたのは弟のついでみたい。だから将来どうなるんだろう…。知らない相手と無理やり結婚、とかだったら嫌だなぁ。」
設定を織り交ぜた私の身の上話に、その子はうん、うんと頷きながら聞いてくれます。
「わかるよ。持参金がなかったら、年寄りの後妻とか愛人とかだもん。政略結婚なんか嫌だよね。」
「ほんとはね、突然貴族の令嬢になるっていわれて、ちょっとは期待したんだ。物語のヒロインみたいって。」
現実は甘くなかったわ…と自虐気味のセリフをかけると、女の子は皮肉っぽく笑いながら教室の中央を見やります。
「あそこに、今度侯爵家に引き取られる子がいるの。…現実はね、ああいうのが”ヒロイン様”なのよ。」
これは、目的の人物の情報に違いありませんね。
女の子の態度に引っ掛かりを覚えつつ、私は慌ててユリウス様に声をかけます。
「ねえ、ユーリ! 侯爵家の養女になる子がいるんだって!」
「えっ、侯爵家…!?…どの子?」
「ほら、あそこ…。…あの真ん中の子。」
彼女が指差した先には、流行の柄を取り入れたドレスをまとい、子供達に囲まれて談笑している少女がいました。
「ああ…あいつの話か。」
少女の話題になった途端、テオ君をはじめとする周囲の子供は一様に苦い顔。誰一人として好印象を持っていない様子が見て取れます。
みんな下級貴族の子供達です。高位貴族の養女になる彼女への”嫉妬”がないはずありません。
でも、絶対にそれだけではなさそうな感じなのですよね。
──あの少女。
侯爵家の養女となる未来を持つ彼女が、この教室でどんな立場にあるのか。
波乱の予感が、ひしひしと迫ってまいりました。




