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妄想と現実のあいだ

「王家に泣きついたところで軽くあしらわれるでしょうね。

 そうしたら……叔父様は、きっと、自分を切り捨てた侯爵家に恨みを募らせるでしょう。」


 リリアーナお嬢様は、窓辺に立ったままそう呟かれました。

 声は落ち着いておられますが、その瞳は忙しなく揺れております。


 その予想は極めてもっともでございました。

 今回の処断は、慣例に沿った正当なものでございます。ですが、それを当人がどう受け止めるかは別の問題です。


 人は、自分が不当に扱われたと感じた時、容易く理屈を捨てます。

 逆恨みして、なりふり構わぬ行動に出ることも決して珍しくはありません。


「放火、暗殺、襲撃……。」


 お嬢様は、淡々と指を折りながら挙げていかれます。


「ならずものを雇うかしら。

階段から突き落とすとか、毒殺なら直接やりにくるかもしれないわ。」


 その物騒な言葉の数々に、私は表情を引き締めました。


「現在、警備が強化されております。

そう簡単には成功するとは思えませんが……。」


 私が言葉を濁したのは、成功の見込みが薄いからといって、やらないとは言い切れないからです。

 失うものがなくなった者ほど、恐ろしい存在はございません。


「それとも、醜聞に持ち込もうとするかしら。

 例えば“不当に分家の立場を取り上げられた”と被害者ぶるの。

 ゴシップ誌なら、喜んで取り上げるでしょう。」


「……確実に侯爵家への嫌がらせにはなりますね。」


 騒ぎ立てたところで子爵の利になる訳ではありませんが、侯爵家の名誉を傷つけるという意味では非常に的確な手段でした。


 兄弟の確執。

 強者による切り捨てと弱者の涙。


 庶民は弱い側に感情移入し、政敵はここぞとばかりに騒ぎ立てるでしょう。

 事実の歪曲など、いくらでも可能なのです。



「いえ、それよりも可能性の高い復讐は……」


 お嬢様は真剣な面持ちのまま、はっきりと宣言なさいました。


「悪魔召喚ね!!」


「……は?」


 一瞬、頭が追いつきませんでした。


「禁書に手を出して召喚の儀式をするの。

 呼び出した悪魔に復讐させようとして……でも失敗して叔父様自身が悪霊になるのよ!

 屋敷に取り憑かれたら、除霊師を呼ばなくてはならないわ!」


 先ほどまでの緊張感はどこへやら。

 物語としては、お嬢様の大変お好みの展開でございます。


「それは、さすがに無いかと。」


 子爵が悪霊になるなど、現実的に考えてありえません。

 第一、除霊師など、どこから手配するというのでしょう。


「ただ……」


 私は一拍置いてから、言葉を選びました。


「子爵が怪しい宗教や占いに縋る可能性は、否定できません。

 厄除けの護符や、運命を変える壺などに、残りの財産を注ぎ込むことはあるでしょう。」


「そんな商品が!?」


「……間違いなく、詐欺でございます。」

 

 追い詰められた人間は、判断力が鈍ります。

 そこに付け込む者は必ず現れるのです。


「霊感商法だけではありません。

 違法賭博や投資詐欺で全財産を失う事もありえます。

 他にも、『一発逆転』を餌にした危険な仕事の誘いもあるかもしれません。

 知らぬ間に密輸や人身売買、麻薬の栽培などに関わらされ、気づいた時には、やめるにやめられず──」


 そこまで話したところで。


「……ま、ま、マリー。」


 お嬢様の声が、かすかに震えました。


「どうして、そんなに詳しいの……?」


 その言葉に、私は一瞬だけ言葉に詰まりました。


「……見てきたからでございます。」


 没落していく貴族家。

 借金に追われ、一線を越えた者たち。


 ある日、忽然と姿を消した知人は、親の後始末の為に娼館に売られたと聞きました。

 生活の苦しい下級貴族の間では、こうした話は珍しくありません。

 

 侯爵令嬢であるリリアーナお嬢様からは、決して見えない世界。

 けれど、確かに存在する現実です。


 お嬢様は、それ以上問われませんでした。

 ただ、静かに頷かれます。



「全部、あり得る気がするの。

 だから、思いつく限り考えましょう?

 実際に何か起きても、心構えが出来ていれば違うもの。

貴女も、一緒に考えてちょうだい。」


「……かしこまりました。」


 正直、外れてほしい妄想ばかりです。

 けれど同時に、備えとしては決して無駄ではありません。


 妄想と現実の狭間で揺れながら、

 私とお嬢様は、夜が更けるのも忘れて、子爵が引き起こし得る未来を、一つずつ洗い出していったのでございます。

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