切り捨てられた一家
その日、エーデルシュタイン侯爵邸には、朝から重苦しい空気が漂っておりました。
人払いされた小会議室。
扉の向こうには、旦那様と大奥様だけが籠もられ、長い時間が過ぎても呼び出しはありませんでした。
昨日の一族交流会で露呈した、子爵一家の不遜な態度。
そして、王家の使者が、主家を飛び越え、分家へ直接接触していたという事実。
どちらも貴族社会においては決して看過できるものではありません。
リリアーナお嬢様もそれを理解しておられ、自室にいながら、落ち着かないご様子で窓辺と椅子の間を行き来しておられました。
「……叔父様とも、王家とも。正式に事を構えることになってしまったのね。」
お嬢様のお言葉に、私は頷くしかありませんでした。
分家に用事がある場合、本来ならば主家を通すのが不文律です。
それを無視し、分家と直接やり取りする行為は、内政干渉と見なされても仕方がありません。
まして今回は、分家を使って主家の決定を覆させようとしたのです。
これは偶然でも無作法でもなく、明確な調略でした。
高位貴族は、舐められたら終わり。
毅然と応じなければ、次はさらに踏み込まれます。
王家へは抗議を。
そして、王家の意を受けて主家に圧力をかけた分家には、相応の処罰をしなくてはなりません。
ただし分家とはいえ、爵位の剥奪は王家の管轄ですから、取れる手段は限られていました。
やがて、旦那様付きの侍従が現れ、お嬢様を会議室へと案内いたしました。
私もその場に控えることを許され、共に中へ入ります。
室内には、張り詰めた静けさがありました。
「結論から言おう。」
お嬢様が席に着くなり、旦那様は威厳のある声で告げられました。
「エーデルシュタイン子爵家を、分家から外す。
あいつらには今後、侯爵家の縁戚であるという肩書を使わせない。」
「……分家から、外す……?」
戸惑うお嬢様に、大奥様が静かに言葉を継がれます。
「今更だけれど、勘当のようなものね。
社交界での後ろ盾も、侯爵家名義の支援も、すべて打ち切り。
もちろん継承権も剥奪するわ。」
子爵位は残る。
しかし、それだけです。
王城での役目もなく、所領もわずかな子爵家。
これまで当然のように享受していた、侯爵家の縁戚としての特権は、すべて失われることになります。
「……わたくしたちのせいね。」
大奥様の声には、震えがありました。
「士官も婿入りも難しいミハイルに、親として情をかけてしまった。
分家の当主として手元に置いておけば、安心だと思ったのよ……。」
「母上。」
旦那様は静かに首を振られました。
「当時は、それが最善でした。
王家が彼を焚き付けるなど、誰にも予測できなかったことです。
ですが今、情に流されれば……侯爵家ごと沈みます。」
感情を抑えた低い声に、私は背筋が冷たくなるのを感じました。
「……イライザたちは、どうなるの?」
お嬢様は、従妹たちの行く末を案じておられました。
短い沈黙の後、旦那様が言葉を落とされます。
「イライザは、修道院へ送る。」
「……!?」
それは罰というより、今後の軋轢を生まないための処置でした。
どれほど注意されても侯爵家の威を借りることをやめなかった彼女。
今後も身分に見合わぬ振る舞いを続ければ、本人のみならず、一門も危険に晒します。
学園入学前に貴族社会から去らせる事が、最も穏便でかつ確実な手段でした。
「他の子も孫として扱うことはもうしないわ。」
大奥様は目を閉じて息を吐かれます。
「今後は他家と同じ。爵位相応の扱いよ。
貴女も、そのつもりで接しなさい。」
「……はい。」
そうして話し合いは、静かに終わりました。
誰も声を荒らげず、しかし確実に、子爵一家の切り離しが決まったのです。
廊下に出た瞬間、私は深く息を吐きました。
この決断がどれほど重いものかを理解していたからです。
自室へ戻られたお嬢様は、しばらく何もおっしゃいませんでした。
窓辺に立ち、庭を見下ろしたまま、思索に沈んでおられます。
「これで、いいのよね。」
それはまるでご自身を納得させるような言葉でした。
「子爵家は切り離され、叔父様たちは継承権を失った。
王家もこれ以上、露骨な介入はできないはず……。」
私は頷きかけましたが、お嬢様は続けられます。
「……でもね、マリー。」
その声は、わずかに震えていました。
「追い詰められた人間は、理屈通りには動かないわ。
叔父様が大人しく身を引くと思える?」
「それは……。」
私は、答えられませんでした。
切り捨ては正しい判断でしたが、同時に相手に“失うものがない”という状況を与えたのも事実です。
「何をしてくるかわからないわ。
叔父様も……イライザも。」
自暴自棄になった者ほど、恐ろしい存在はありません。
昨夜、交流会で見たイライザ嬢。
大奥様に叱責され、一旦しおらしく頭を下げてはいたものの、全く納得できていない表情をしていた事が脳裏に蘇ります。
私は胸の奥に、冷たい不安が沈むのを感じながら、黙ってお嬢様の傍に立ち続けました。




