使用人達の戦慄
波乱の交流会から一晩空けました。
まだ薄暗い早朝の使用人控室は、昨夜の話題で持ちきりです。
「まったく……ミハイル坊ちゃんの暴れっぷりときたら。」
大奥様付きの年配侍女が、ため息まじりに首を振ります。
「あのお方は、小さい頃から“兄上ばかりずるい”ってのが口癖でねえ。
それでいて、先代がちょっと大事なお役目を任そうとすると、“僕には無理です”なんて、尻尾巻いて逃げだしていたのさ。毎度、毎度ね。」
「逃げるって……そんなにですか?」
「そうとも。まあ、口だけは達者で名誉は欲しい。でも責任は負いたくないってのは、性分さね。
……イライザ様はそっくりだよ。」
「ああ〜。やっぱり似ちゃうんだ……。そういうとこ。」
周囲には小さな笑いと納得感が広がります。
そういう人物が、兄を手にかけてまで侯爵になりたがるでしょうか。
私は周囲の同僚に、昨晩のリリアーナお嬢様の妄想内容をそっと打ち明けました。
「実は、お嬢様が昨夜、“お父様のお命が危ない”と震えておられて……。」
声をひそめたはずなのに、控室中が一瞬で静まりかえってしまいました。
こういった話には、使用人たちの耳は驚くほど敏感なのです。
「ありそう、だと思いますか……?」
皆の注目を浴びてしまったため、逆に問いかけてみます。
お嬢様の妄想は、基本的には妄想のまま終わります。しかし、ごく稀に予言のごとく当たるため、軽く扱えないのです。
「まあ、昨日の子爵様を見ちゃうとね……。」
「そうそう。なんか変に自信満々だったし。」
具体的に何か、と言えないのがもどかしいのですが、昨日の子爵は確かに今までと違って見えました。
皆も似たような違和感を抱いていた事を知り、余計に不安が掻き立てられます。
その時です。
「……皆、揃っているか。」
低く通る声に振り向けば、家宰のグスタフさんが扉口に立っていました。
厳めしいお顔が、今日は一段と鋭く見えます。私を含め、使用人達は一斉に姿勢を正しました。
「お嬢様のご懸念だが……。結論から言って、あり得る。」
「えっ?」
普段なら使用人達の噂話を一喝する彼の口からその言葉が出たことで、皆の顔が引きつりました。
「王家の使者は、子爵家にも訪れていたことが判明した。
内容は不明だが、ミハイル様が“王家の意向”を盾に本家と事を構える可能性がある。」
ざわっ、と空気が震えます。
昨日、子爵がやけに堂々と強調した“王家への忠義”という言葉が、嫌でも胸をよぎります。
おおかた、リリアーナお嬢様を王家に差し出す協力をする見返りに、イライザ嬢を侯爵家の後継にねじ込む、みたいな話だったのでしょう。
しかし、それが叶わないと知った今……。
「……王家は、侯爵家の当主挿げ替えを望むかも……?」
誰かがつぶやいた瞬間、室内は雷が走ったような緊迫感に見舞われました。
不敬なので誰もが口にしませんが、あの王家なら、いかにもやりそうだからです。
グスタフさんは全員に目を配り、静かに命じました。
「確証はない。だが、今まで以上に、皆様方のご安全に配慮するように。」
「……はいっ!」
返答は、まるで軍の号令のように整って聞こえました。
「では皆、持ち場に戻れ。」
誰からともなく椅子を引く音が響き、使用人達は静かに立ち上がっていきました。
皆の表情は硬く、険しい面持ちです。
私も、いつものお嬢様の部屋に向かいます。
毒殺、襲撃、呪い……。昨晩のお嬢様の妄想が、急に現実味を帯びて迫ってまいります。
主の身の安全を守ることは、使用人の務めです。私自身、今までも怠ったつもりはありません。
ですが、今日ほどそれを強く意識した事はありませんでした。
昨晩、怯えながら眠りにつかれたお嬢様。
今朝はどんな表情でお目覚めでしょうか。
そのお肩に、余計な不安を背負わせないように──。
私は決意を胸に、部屋の扉へと手をかけました。




