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揺らぐ一族

 今宵は毎年恒例の侯爵家一族の交流会。

 侯爵邸の大広間には領地の特産物を使った伝統料理がずらりと並び、ワインの芳香がほんのりと漂っておりました。


 この日ばかりは、領地の代官職にある者まで一堂に会し、あちらこちらで旧交を温める談笑が絶えません。例年通りの賑やかな夜でございました。


 今年の話題の中心は、もちろん、第二王子妃候補を巡る水面下での打診についてでございます。

 当家へのお話は旦那様が即座にお断りされているため、一門の者からは安堵の空気が流れておりました。

 王家の欺瞞、カトリーナ嬢の現状……誰もが事情を知っていたからです。


「それにしても一番最初にお声がかかるとは、リリアーナ様らしい。」


「さすが侯爵家のご息女。学園でのお振る舞いも評判と聞きますぞ。」


 親族たちは口々にお嬢様を持ちあげ、酒の勢いもあって言葉が華やぎます。

 


 そんな和やかな雰囲気のなかでただ一人、面白くないと言わんばかりの表情のご令嬢がいました。


 イライザ・フォン・エーデルシュタイン。

 分家の子爵令嬢にして、お嬢様の従妹。

 なにかにつけてお嬢様に張り合ってこられる厄介なお方でございます。


 お嬢様への賞賛が飛ぶたびにピクリと目を細め、グラスを持つ指先に力がこもっているのが見てとれます。


 そして、ついに。


「お姉様にばかり王子妃のお話が来るなんて、ずるいですわ!」


 甲高い声が、満ちていた談笑を一瞬で吹き飛ばしました。

 大広間の空気が固まります。

 またあの子か、と言わんばかりの視線がイライザ嬢に向けられました。


 当のお嬢様は、戸惑いを隠しきれないまま、小さく首を振られます。


「イライザ。今回のお声がかりは羨むようなものではなくてよ。第二王子妃には、過酷な務めが……」


「でも!!」


 お嬢様の言葉を遮り、主張を続けるイライザ嬢。


「みんな、お姉様を褒めているわ!

 そんなに名誉な事なら、王子妃になればいいじゃない!

 一番先に候補にあがったのに断るなんて……わがままなんじゃないの!?」


 嫉妬混じりの理不尽な叫びに、周囲はざわつき始めます。


「あのね、わたくしには侯爵家を継ぐ務めがあるの。ユリウス様に婿に来て貰って、一緒に家を守っ……」


「ユリウス様とのご結婚なら、わたくしが代わって差し上げます!

 わたくしが、侯爵夫人になってあげるから、お姉様は王子妃でも何でもなったらよろしいのよ!」


———代わって差し上げます?

———侯爵夫人に、なってあげる?


 ことの成り行きを見守ってきた周囲は騒然です。

 分家の令嬢が本家の跡取りになると宣言したも同然なのですから。


 ざわめきが収まらない中、ひとりの男が前へ出ました。

 イライザ嬢の父、ミハイル・フォン・エーデルシュタイン子爵です。


「兄上。」

 その声は芝居がかった響きを帯びておりました。


「王家からのお声がかりを断るなど、家門の名誉を損ないましょう。

 リリアーナを差し出さぬというのは、忠義に反するのではございませんか。」


 “忠義”などという都合のよい言葉で飾られておりますが、その裏に隠された子爵の狙いを知らぬ者はいません。


 お嬢様が王家へ嫁げば、侯爵家の跡継ぎの座は空く。

 そこへ、イライザ嬢を据えたいという野心……。

 つまるところ、次代の侯爵家の掌握でございます。


 大広間は一気に紛糾しました。


「馬鹿げた話を!」

「主家を何だと思っているんだ!」

「欲が深すぎるぞ、ミハイル!」


 怒りの声が飛び交うなか──。


 ぱん、と手を打つ音が響きました。


「静まりなさい。」


 大奥様でございました。

 その声は雷鳴のようであり、しかし一点の揺らぎもない静かな威圧を湛えております。


「ミハイル。王家への忠誠とは、思考を放棄して命令に従うことではありません。

 おおかた、リリアーナの代わりにイライザを、などという妄言を間に受けたのでしょうが……。

 そんな私情で主家を危険にさらす分家など、必要ありません。」


 グサリ、と鋭い刃が突き立つような言葉でございました。

 子爵の顔はみるみる青ざめます。


「イライザ、お前もよ。分家の立場を弁えない態度は今すぐ改めなさい。」


 その迫力に、イライザ嬢は蒼白になり、震えながら頭を下げるしかありませんでした。


 その後の交流会は、誰も余計な言葉を発さぬまま、静かに幕を下ろしました。




 騒動の余韻を抱えたまま自室へ戻られたお嬢様。湯浴みを済ませ、寝台に腰を下ろすと、ぽつりと呟かれました。


「叔父様は、わたくしを王家に追いやって、イライザを侯爵家の養女にするつもりだったのね。」


「おそらく、そのように。」

 私がそう答えると、お嬢様の表情が翳ります。


「おばあさまが叱ってくださったけれど……これで済むとは思えないわ。」


 胸に沈む不安は、夜の帳のように濃く広がるばかり。

 そして突然、はっと顔を上げられました。


「!! マリー、お父様が危ないわ!」


「旦那様がですか?」


「ええ。今、お父様に何かあったら、叔父様が侯爵家を継いでしまうのよ!

 事故に見せかけた襲撃、病気に見せかけた毒殺、あるいは……呪い!」


「さすがに呪いは……」

 否定しかけて、私は言葉を飲みこみました。

 先ほどの子爵の眼。

 あれを思い出すと、全くの杞憂とも言い切れません。


「そうなったら、おばあさまは領地に押し込められ、わたくしは王家に差し出され、イライザがユーリと結婚することになるわ。」


「お、落ち着いてくださいませ、お嬢様。」


「どうしましょう……どうしましょうマリー……!」


 妄想は暴走し、お嬢様はすっかり震えておられました。

 お嬢様が眠りにつかれるまでには、さらに長い時間を要したのは言うまでもございません。



 ──この夜の騒動。

 それは確かに、後に“お家騒動”と呼ばれる波乱の幕開けでございました。

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