魔王の本体
公爵令嬢との、あの重たいお茶会の翌日。
リリアーナお嬢様は、生徒会室へ呼ばれておりました。
そこにお待ちだったのは、生徒会長ジークフリート様と、その弟君で婚約者でもあるユリウス様。
お二人は、お嬢様の様子を案じてくださっていたようです。
「生きて帰って来られて、何よりだよ、リリィ。」
「またユーリと会えて良かったわ。
おかげさまで、冤罪をかけられることも、断罪されることもなく済んだの。」
「どんな想像してたんだ、お前たちは……。」
呆れたように言いながらも、ジークフリート様の声音には安堵がにじんでおりました。
「まぁいい。昨日は本当に大丈夫だったのか?
ヴァルトハイム嬢は最近こそ“ご指導”を控えているようだが、密室で叱責でもされたらたまらんだろう。」
その真摯な気遣いに、お嬢様は微笑みを浮かべられます。
「実は……。」
お嬢様は、昨日のお茶会での出来事を一つひとつお話しになりました。
カトリーナ嬢の表情、交わした会話、そして最後の一言まで。
ジークフリート様は一通り聞き終えると、深くため息をつかれます。
「つまり──今回の呼び出しの本意は、
“リリィを見習え”という殿下の言葉を真に受けて、教えを請いたかっただけ、という事なのか。」
「わたくしはそう思うの。
あの方、まるで使命に取り憑かれておられるようで……。」
お嬢様の声には、戸惑いと、わずかな哀れみが混じっておりました。
思い返せば、あの“ご指導”の数々は嫌がらせなどではなく、理想の社会を体現しようとする努力の成れの果てだったのかもしれません。
「だとしても、なぜヴァルトハイム嬢だけそんなに気負ってるんだ?」
ユリウス様が首をかしげます。
「殿下ご本人はずいぶん自由そうじゃないか。」
「確かに……。」
その言葉に、お嬢様も同意の頷きを返されます。
婚約者のカトリーナ嬢が王子妃教育に追われている間も、第二王子殿下は授業後にクラスメイトたちと盤上遊戯などで楽しんでおられるのです。
「それなんだが、父上の話では……」
ジークフリート様はいったん言葉を区切り、声を落として続けられました。
「王家の事情が絡んでいる。」
「「事情?」」
「ああ。隣国出身の王妃殿下に加えて、王太子妃殿下まで他国の方を迎えてしまっただろう?
お二人とも国内貴族との社交は不得手のようで、王家と貴族の結びつきは年々薄くなってきているらしい。
だから第二王子妃となるヴァルトハイム公爵令嬢には、国内貴族をまとめる役割が期待されているんだ。」
本来なら補佐程度の公務ですむ第二王子妃に、王妃と王太子妃分の責務が乗る予定だというのです。
そのため、彼女が課されている妃教育は通常のものとは量、質ともに別格なのだとか。
「ヴァルトハイム公爵家としても、“理想的な王子妃”を育て上げて次代の主導権を握りたい思惑があったんだろう。
今、社交界で最も影響力があるのは、母上、つまりヘーゲル公爵夫人だからな。」
「彼女には王家と公爵家、両方の期待が重くのしかかっていたのね……。」
お嬢様のため息には、同情の響きがありました。
“悪役令嬢”は、ある意味では過剰な期待や義務によって生み出された存在だったのです。
「そうだな。彼女の使命感ゆえの行動が裏目に出て、周囲は怯え、大きな悪評が立ってしまった。
……そんな状況で婚約者からかけられた言葉が、まさか“リリィを見習え”とはな。」
ジークフリート様は複雑なご表情で椅子の背にもたれかかられました。
「まあ、昨日リリィと話して、彼女も何か気づけたんじゃないか、きっと。」
慰めるようなユリウス様の言葉に、お嬢様は小さく頷かれます。
「ええ。ほんの少し、心の奥が見えたような気がするの。」
「だといいな。ヴァルトハイム嬢もリリィの“外面”を見習ってくれるなら生徒会としても助かる。
中身まで真似されたら、学園が混乱するが。」
「ジークお兄様ったら、ひどい!」
頬を膨らませるお嬢様。隣でユリウス様は笑いをこらえきれず、生徒会室には、柔らかな笑い声が広がります。
昨日の重たい空気が、ようやく溶けていくようでした。
──そして、話が一段落した頃。
「……魔王だと思っていた少女は、実は“動かされていただけ”だった!」
ユリウス様の呟きに、お嬢様の目も輝き出します。
「そうなのよユーリ! 闇の本体は別にいるの!
もっと大きな……何かが!」
「……お前たちって、本当に懲りないな。」
隙あらば妄想世界へと飛び出すお二人。
ジークフリート様はこの日一番の深いため息をつかれました。
「いいか。外では絶対に言うなよ。
くれぐれも“討伐”、とか軽々しく言い出すな。」
「もちろんですわ。」
「心得てるよ。」
そんな返事をしながらも、リリアーナお嬢様とユリウス様は顔を見合わせ──
にやりと笑われました。
“魔王の本体”との戦いが、新たに始まる予感がしてまいりました。




