侍女と令息の潜入調査
「ねえマリー、お嬢様はあの時すでにこの話をご存じだったのかしら?」
「そうとしか思えませんよね…。」
「それはご不安になられても仕方ないわ。お嬢様もお可哀想。」
お嬢様が継母と義姉に虐げられるヒロインと化したお茶会から幾日も経たぬうちに、私どもは耳を疑う知らせを受けました。
旦那様が後妻を迎える話を進めておられるのです。しかもお相手には娘がひとり。お嬢様の妄想にあまりに酷似しておりました。
お嬢様にしてみれば、亡きお母様を一途に想い続けていると信じていたお父様が、手のひらを返したように再婚を決めてこられたのです。
しかもこの再婚話について『お前のため』と恩着せがましくおっしゃっているご状況。ご心痛はいかばかりでございましょう。
母代わりとしてお嬢様に女性の社交を教える存在が必要だ、というのが旦那様の弁ですが、当家は大奥様もご健在。女性の親族も多く、婚約者であるユリウス様のお母様、ヘーゲル公爵夫人だって後ろ盾になってくださっています。
はっきり申し上げて、誰が見ても、今さら継母は必要ないのです。
娘のためと装っておられますが、実際はただご自分が再婚なさりたいだけ。
愛妻家の評判を損ないたくないからと、お嬢様を口実に使うなど…なんと度量の狭いことでしょう。
仕方なく娶られたように周囲に吹聴されているお相手女性にも同情を禁じ得ません。
———そんな折。
「マリー、ちょっといいか?」
ユリウス様に内密に呼び出された私。またお嬢様への贈り物相談かと軽く考えておりました。
しかし、切り出されたのは予想外のお話。
「神殿学校に行きたいんだ。僕を案内してくれ。」
「えっ、神殿学校、でございますか!?」
思わず声も裏返ると言うもの。
神殿学校は初級の読み書きから始まり、算術、礼法などを教えてくれる場所です。主に町の子供向けの学び舎ですが、家庭教師を雇えないお財布事情の貴族子女も、人目をはばかりながら通っております。かくいう私も卒業生です。
ユリウス様は、なんでまたそのような場所へ。
「リリィの義姉になる予定の娘が通っているんだ。この目でどんな奴か確かめたい。」
将来の縁戚である公爵家にも旦那様の再婚話は伝えられており、当然ユリウス様のお耳にも入っていました。
養女となる娘については、報告書には『控えめで礼儀正しい娘』と記されていたそうですが、ユリウス様はその報告に大いに疑念を抱いておられるご様子。
それは、お嬢様の妄想のせいではございませんか?
「わざわざ出向かずとも、公爵家に招けばよろしいではありませんか。」
「初対面の場なんて取り繕えるに決まってるだろ。僕は普段の姿を見たいんだ!」
……ごもっともなお考えです。
とはいえ、公爵家のご令息を私が勝手に連れ回すわけにはまいりません。護衛の手配や色々な根回しは公爵家でしていただくよう釘を刺し、その日は御前を辞したのでございます。
数日後、視察という名目で父君から許可をもぎ取られたユリウス様。卒業生として私に案内役を、と当家にも話を通され、私はユリウス様と二人、神殿学校へお忍び潜入調査をする運びとなったのです。
———そして当日。
「待ちかねたぞ、マリー。」
公爵家の裏門に立っていたのは、古着のシャツとズボン姿のユリウス様でした。金髪は染め粉で茶色にくすませ、頬にはそばかすを描き足し、一見するとどこにでもいる下級貴族の男の子のいでたちです。
整った顔立ちと所作から滲み出る雰囲気で、生まれの高貴さが隠しきれていない気もしますけれど…。
質素な馬車に揺られながら、現地に着くまでの間、ユリウス様と私は設定の再確認です。
「これから、ユリウス様のことは”ユーリ”とお呼びします。ユーリは最近男爵家に引き取られた庶子、私はその姉です。丁寧な話し方だと浮きますから、くだけた口調を心掛けてくださいね。」
「わかったよ、姉さん!」
おや、話ぶりはなかなかお上手です。
ユリウス様は初めてのお忍びということで、下級貴族の使用人に話を聞き、暮らしぶりを随分お勉強されたとか。今回、そのなかのお一人の家名を使わせていただいています。
「学校内に護衛は入れません。どうか騒ぎを起こさぬよう堪えて、大人しくお過ごしくださいませ。本来の目的をお忘れにならないように。」
「もちろん、潜入調査だからな!
…絶対、あいつの化けの皮を剥いでやる!」
……お嬢様の妄想だけを根拠に、他人を疑ってかかるのは感心しませんね。
堂々と宣言されるユリウス様ですが、私の方はなんだか不安になってまいりました。
とにかく目立つことは避けて欲しいものです。
私は神殿学校の生徒に見えるよう、スカートの短い子供服におさげ髪。年齢を詐称して母校に再入学など、羞恥の極みでございます。
どうか何事も起きず、無事に戻って来れますように……。




