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公爵令嬢からの呼び出し2

 とうとう、その日がやってまいりました。

 放課後、学園の貴賓サロンへと足を運ばれるリリアーナお嬢様。

 王族や高位貴族のみが使用を許された、豪奢にして荘厳な空間です。


 本来なら、お嬢様も堂々とここを利用できるお立場ですが…。

 この日のご様子は、まるで“処刑台へ向かう令嬢”そのものでございました。




 サロンの個室には、すでにカトリーナ・フォン・ヴァルトハイム公爵令嬢が待っておられました。

 整った微笑を浮かべるその姿は、精巧な人形のよう。感情の奥行きが一切読み取れません。


「エーデルシュタイン様。お忙しいところをありがとう。どうぞ、お掛けになって。」


「お招きいただき光栄です、ヴァルトハイム様。」


「カトリーナでよろしいわ。今日は、あなたと少しお話をしたくて。」


 その声音は意外なほど穏やかなもの。

 ──“尋問ではない、の…?”

 そんな戸惑いが胸の奥に渦巻く中、お嬢様はそっと席につかれました。

 静寂の中で紅茶の香りだけが漂います。



「あなたのご一門は、よくまとまっていると伺いました。

 ヘーゲル公爵家のご兄弟と協力し、傘下の子女たちに礼法の復習をなさっているとか。

 上級生の所作も、以前より格段に整ったそうですね。」


「ふぇっ?、あ、ありがとう存じます……?」


 “断罪”でも“糾弾”でもない。

まさかの称賛の言葉に、お嬢様は思わず間の抜けた声を出してしまわれました。


「クラス運営もうまくなさっているとか。

 下級貴族や平民出身の生徒からも意見が出やすい、良い雰囲気だと聞いております。

 それに、部活動にも精力的に参加なさっているそうですね。」


 続いたのはまたもや褒め言葉。お嬢様はむしろ不安を募らせておられました。

 (このあと、“だからこそ罪は重い”と続くのでは?)

 そんな妄想が頭をよぎるほどに。




 やがて、カトリーナ嬢がカップをそっと置かれ、低く静かな声で告げました。


「……アルノルト殿下が仰いましたの。あなたを見習うように、と。」


「!?」

 一瞬、空気が凍りました。

 カップに触れたティースプーンの音が、やけに鮮明に響きます。


 カトリーナ嬢にとって、それは屈辱に近い言葉だったのでしょう。微笑みの下にわずかな影が差し、声色にも無念さが滲んでおいでです。


「カトリーナ様こそ、ご優秀でいらっしゃるのに……。」


 お嬢様がなんとか絞り出した言葉に、カトリーナ嬢は静かに首を振ります。


「努力はしているつもりですの。

 このあとも離宮で王子妃教育がございますし、その後に授業の予習復習を。」


 起きてから寝るまでずっと、将来の王族としてふさわしく完璧であるため、研鑽の時間にあてておられるとのこと。

 その淡々とした声は張りつめておりました。


「ですから、わたくしは貴女から学ばねばならないのです。そのあり方を。」


 見下していた相手にも、真摯に言い切るそのお姿。

 その生真面目さに、お嬢様は言葉を失われました。

 瞳に浮かぶのは、困惑と、わずかな同情に似た感情でしょうか。


「……わたくしを含め、一般の生徒はもう少し余白の時間を楽しんでおりますの。

 カトリーナ様にも、お好きなことをする時間があればよろしいのに。」


 お嬢様がそう申し上げると、彼女はわずかに笑みを深められました。


「そうね。学園に来て初めて知ったわ。

皆がわたくしのように生きているわけではないのだと。」


 笑っているのに、少し痛々しく感じられる笑み。

 ほんの一瞬だけ、“未来の王子妃”という仮面の裏側が垣間見られたように思いました。


 そこからは話題は自然と、お嬢様の“表向きのご趣味”の、読書や物語の話に移りました。

 学園の伝説を家庭教師から聞いて楽しみにしていたこと、自分でも物語を書いてみたこと…。

 お嬢様が楽しげに語られるのを、カトリーナ嬢は静かに、驚くほど真剣に聞いておられました。



 そしてお開きの刻、立ち上がったお嬢様へ、カトリーナ嬢は小さく言葉を残されます。


「あなたが紡ぐ物語、楽しみにしているわ。」


 その声音は、常日頃の無機質なものとは違い、血の通った年相応の少女のように聞こえたのでございました。




 お茶会のあと。

 寮へ戻られたお嬢様は、しばらく窓辺で放心しておられました。


「……“断罪”ではございませんでしたね。」


「ええ。褒められたような気もするけれど、全然そんな気がしなかったわ。」


 お嬢様は曖昧に微笑み、窓の向こうを見つめます。

 その脳裏には、紅茶の向こうで微笑んだ公爵令嬢の姿がいつまでも離れないご様子でした。

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