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公爵令嬢からの呼び出し

 さわやかな初夏の風が、寮の中庭を抜けていった朝のこと。

 お嬢様を授業にお送りし、お部屋を整えていた所、控えめなノックの音がいたしました。


 「我が主より、貴家のお嬢様へ──。」

 差し出された封筒には、深紅の封蝋。

 見覚えのある鷲の紋章が、光を反射して重々しく輝いております。

 「……ヴァルトハイム公爵家。」

 その名を口にした瞬間、封筒がわずかに冷たく、そして重く感じられました。

 まるで、ただの手紙ではなく──“審判”の書状を手にしたかのように。




「いきなり招待状? ……なぜ?」

 授業を終えられて、自室へ戻られたお嬢様にその旨をお伝えすると、困惑しきりといったご表情。

 入学以来、ほとんど接点がないのです。


「内容は“私的な懇談”。三日後、学園内の貴賓サロンにて──とのことでございます。」


「懇談といわれても、話すような内容なんて……。」


 お嬢様は心当たりをしばし考えられてから、はっと目を見開かれます。


「まさか、“あのノート”の件……!?」


 “妄想ノート”。

 それは学園入学前、お嬢様が作られた物語帳です。王立学園を舞台に第二王子と庶子のヒロインが織りなす恋と冒険と陰謀の物語。

 そこに登場する“悪役令嬢”は、見覚えのある家名と容姿を持っております。


「懇談は……きっと“査問”の婉曲表現だわ!」


「査問でございますか?」


「そうよ! “公序良俗に反する思想”とか、“妄想の乱用”を咎められるんだわ!」


「妄想の乱用……?」


 不安が妄想を呼び、なんだかよくわからない罪状まで創造されておられます。


「いいえ、むしろ……断罪! 

“学園にふさわしくない思想を垂れ流した”とか、“貴族としてあり得ない妄想癖”とか言われて、学園から追放されるかも……!」


 お嬢様の脳内では、“学園裁判”まで開廷されておりました。



 学園中の令息令嬢が見守る中、壇上に立たされるお嬢様。涙ながらに訴えます。

 『わたくしは、ただ、物語が好きだっただけなのです!』

 ですが、玉座の上から、カトリーナ嬢が冷ややかに言い放ちます。

 『リリアーナ・フォン・エーデルシュタインを学園から追放する! 

 こんな妄想癖のあるものを、高位貴族にしておくわけにはいかないわ!』

 悲鳴と拍手が入り混じる場内。

 地に伏せたお嬢様を衛兵が引き摺り出して———。




「……マリー。もし私が帰ってこなかったら、ノートは処分して。」


「承知いたしました。」


「くれぐれも貴女の手で燃やしてちょうだいね。灰になったのを見届けて欲しいの。」


「かしこまりました……。」


 本気で“最期の後始末”をご指示されるお嬢様に、私は内心、なんと返してよいものか分からずにおりました。



 その晩、お嬢様は寝台の上で何度も寝返りを打たれました。

 “ヴァルトハイム公爵令嬢による断罪ショー”は、頭の中で上演され続け、夢の中でも紅茶をかけられたり、地下牢に幽閉されたり、毒杯を賜ったりしたとか。



 そんな不安な夜を二晩ほど過ごして、お嬢様は少しずつ落ち着きを取り戻されました。


「呼び出された理由がもしこの“ノート”のことなら、確かに私が悪いのよね。」


 とりあえず部室から自室に戻したノートの表紙を撫でながら、小さく息をつかれます。


「思えばあの頃は、誰の気持ちも考えずに書いていたわ。

 皆、名簿の名前と設定だけの存在だったのだもの。

 勝手にお名前を借りて、“悪役”と呼んで。……本人が知ったら、さぞお嫌だったでしょう。」


 そう呟く横顔には、ほんのわずかな後悔の色がありました。

 “創作”と“現実”の境界を、お嬢様が初めて自覚された瞬間だったのかもしれません。


「とりあえず、行くしかないわね。」

 それは、不安と覚悟の入り混じった十三歳の少女の声でした。

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