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はじまりの物語

 学園祭での小冊子発行に向けて、文芸部初の創作会議が始まりました。

 題材はもちろん、リリアーナお嬢様たちの“妄想ノート”です。

 ただ、あの超大作を一度に形にするのは不可能ですから、今回はあくまで“序章”。

 ヒロインが王立学園に入学してからの一年間を描くことに決まっています。


 「恋愛も、魔王との戦いも、まだ先だけど、

 ここがすべての始まりなのよ!」

 お嬢様は期待に胸を膨らませ、この日を迎えておいででした。




「主人公の設定は、そのまま使えるわね。

 だって、わたくしが想像していたような子は、新入生の中にはいなかったもの。」


 リリアーナお嬢様のお言葉に、一同頷きます。

 そもそも『市井で育った貴族の庶子』が王立学園に入学する事など、現実的ではありません。

 けれど、その“あり得なさ”こそがヒロインの魅力。

 中身は庶民のまま、身分だけ貴族になった少女が、どう生きるのか。そこに物語の核があるのです。


「市井の生活なら詳しいですよ。」

 ヒロインの詳細設定には、神殿学校出身のテオ君の知識が大活躍です。

 貴族の血を引く娘が母親と下町で生活するなら……と仮定した生活描写はまるで見てきたかのように生き生きとしています。

 ヒロインの言葉遣いや仕草などにも、テオ君の助言が反映され、その言動に真実味が加わりました。


「では、わたくしからは、養女として迎えられた経験を提供いたしましょう。」

 ミレーユ嬢の目は、どこか懐かしさを帯びていました。

 引き取られる側の不安も、迎える側の思惑も、彼女ほどリアリティをもって描ける方はいないでしょう。


 二人の経験が重なり、ヒロインの人生はどんどん具体的に、現実味を帯びていきました。

 架空の存在であった彼女が、今や誰かの友人のように感じられるほどです。




 一方で、“当て書き”していた他の登場人物たちはほとんど作り直しになりました。


「ヒロインを見守る人物なら、年上がいいかもしれませんね。」


「じゃあ、生徒会長はどうだろう!」


 ユリウス様の提案により、かつて第二王子が担っていた役どころは、『二学年上の王弟殿下』として再構築される事になりました。


 慈愛と威厳を併せ持ち、誰にでも分け隔てなく接する生徒会長。

 その人物像は、どことなく現職の会長、ジークフリート様を思わせます。

 『実在の人物を参考にしない』という原則が早くも危うくなりつつありますが……。


 「まあ、お身内ですし、褒めている分には問題ないでしょう。」

 ミレーユ嬢の穏やかな発言に場は和み、この“会長殿下”は正式に採用となりました。




 次に話題となったのは、主人公に立ちはだかる“壁”の存在。

 当初の予定では悪役令嬢がその役を担っていたため、大幅な改変が必要です。


「礼儀の不備を指摘する、というだけで……どうしても、ヴァルトハイム公爵令嬢の姿が浮かんでしまいますね。」


「いっそ令嬢ではなくしましょうか。」

 その一言から、新たな人物が誕生しました。


———『堅物の公爵令息』。

 おおらかな会長殿下とは対照的に、礼儀や身分を重んじる人物です。地位に見合う為の努力を怠らない完璧主義者でもあります。


 彼の厳しさの根底にあるのは、貴族としての誇りと責任感。

 ヒロインの“無作法”や“無知”に容赦なく指摘を重ねるものの、彼女が理不尽に扱われる時は、黙って見ていられない。


 悪役として作られたはずが、描くほどに人間味が増していく不思議な人物です。


「意外と、こういう人って人望ありますよね。」

 テオ君の呟きに、誰もが納得します。


「将来は彼の“ルート”もアリね!」

 エリカ嬢が頬を紅潮させ、場は笑いに包まれます。

 こうして第二作への布石まで、自然に生まれてしまいました。



 その後も、寮で支えてくれる同室の少女、市井の幼なじみ、学園の教師たち……と、次々と新しい登場人物が生まれていきます。

 お嬢様たちの言葉から生まれる世界は、まるで魔法のように広がっていきました。


 そして最後に、“新たな悪役令嬢”の影をほんの一瞬だけ登場させることが決まり、ようやく“はじまりの物語”の全体像が形を得たのです。




 数回の打ち合わせを経て、第一稿がようやくまとまりました。


 主人公は、周囲の助けを得ながら努力を重ね、少しずつ淑女へと成長していきます。

 最初は価値観の違いで衝突していた仲間とも、学園行事や小さな事件をきっかけに心を通わせます。

 そして、いつも陰で見守ってくれる生徒会長への想いは―憧れか、あるいは初恋か。


 

「……いいお話じゃない!」

 原稿を読み通したお嬢様の一言に、部室の空気がふっと緩みました。

 誰も口にはしませんでしたが、皆が確かに感じていたのです。

 “物語が生まれた”という奇跡を。

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